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達布山エリア〜開拓精神をかき立てた眺望と変化する大地の恵み

明治の要人たちが開拓への決意をかみしめながら訪れた歴史ある場所です。展望台からは明治の人々が見た風景を想像しながら歴史に思いをはせることができます。さらに、周辺では、地形と気候を活かしたワイン用のぶどうが栽培されています。

  

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42.達布山:明治の要人たちが見た風景

達布山は、アイヌ語の「タプ・コプ」が語源で、「頂上の丸い山」を意味します。明治14(1881)年に、空知集治監の初代典獄(刑務所長)となった渡辺惟精(これあき)が、空知集治監を建設するための調査に訪れた際に「タップ」と名づけたとされています。標高は約144mの小高い山となっています。

明治の開拓期には、榎本武揚、山県有朋、山田顕義など多くの要人たちが視察に訪れ、頂上から幌内鉄道などの開拓計画を立てたといわれています。

また、石狩低地東縁断層と呼ばれる活動層によってつくられた地形を一望することができ、北海道の大地が今も変動し続けていることを知ることができます。
  
活断層(石狩低地東縁断層)によって作られた地形
  
 

43.ぶどう畑とワイナリー:ジオを味わう最高の一品 ※私有地であるため、個人でのぶどう畑の立ち入りはできません。

達布山のふもとでは、その斜面を利用してワイン用のぶどうが広く栽培されています。特に山﨑ワイナリーは、農家として日本で初めてワインの醸造免許を取得し、自身の農園で生産されたぶどうのみを使用したこだわりのワインを製造しています。まさに、三笠の大地の恵みが詰まったワインということができます。
 

達布山のふもとにあるぶどう畑(山﨑ワイナリー)
 
 

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44.追分ー峰延層露頭:500万年前の海の記憶 ※私有地であるため、敷地内への立入りは禁止されています。

約500万年前の追分層と峰延層と呼ばれる2つの地層の境界を観察することができます。どちらも海の底でつもった地層ですが、追分層は泥岩層(深い海の地層)、その上側(新しい時代)にある峰延層は砂岩層(浅い海の地層)からできています。ここから、当時、海の水深が浅くなったことがわかります。また、これらの地層からは巻貝化石などが産出し、500万年前に生きていた生物たちを観察することができます。
 
追分層と峰延層の境界の見える露頭
 
写真下側にある灰色部分が追分層(泥岩層)、上側にある茶色部分が峰延層(砂岩層)
 
 

45.岩見沢層露頭:達布山を作る地層

達布山を構成している硬い泥岩層(硬質頁岩層)を観察することができます。この硬い地層は、約800万年前に珪藻と呼ばれるガラス質の殻をもつ藻類が深い海の底に大量に降りつもって形成されたと考えられます。そのため、達布山は周りの地層に比べて硬く、周囲が風雨によって浸食されても残ったため小高い山になったと考えられます。
 
硬い泥岩層(硬質頁岩層)

 

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