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展示室4【北海道の開拓と囚人】

三笠市は炭鉱とともに発展してきた歴史をもつ町ですが、1882年(明治15年)に設置された空知集治監(そらちしゅうじかん)もその歴史に重要な役割を果たしています。集治監とは現在の刑務所に当たる施設です。その設置は、当時未開の地であった北海道に、凶悪犯や政治犯からなる囚人を送り込むことによって、彼らを社会から隔離できること、同時にこれらの囚人を開拓の労働力として用いれば、経費の節約にもなる、ということが理由となっていました。そして1881年(明治14年)に北海道で初めての集治監が月形町に(樺戸集治監)、翌年二番目の集治監が空知集治監の名称で三笠に作られました。空知集治監(1891年;明治24年に北海道集治監 空知分監に名称変更)は1901年(明治34年)に廃止されるまで存続しましたが、気候風土の厳しい北海道での使役は、囚人たちに数多くの犠牲者を出すことになりました。この展示室では、そうした空知集治監の資料を中心に、和人到来以前の考古資料なども展示しています。
なお、この展示室では写真撮影は自由(三脚は不可)ですが、展示資料には手を触れないでください。 
 

考古資料

三笠市内では、縄文文化晩期~続縄文文化のものと推定される石器や土器が見つかっていますが、骨角器の類はまだ発見されていません。組織的な発掘調査が行われていないため、市内の縄文遺跡についてはまだよくわかっていないことも多いです。







空知集治監

空知集治監の建物は典獄(所長)官舎のレンガ煙突しか現存していません。ここでは、集治監があった当時の建物配置を示したジオラマ、図面、建物に使われていた鬼瓦の一部とレンガ、三笠市文化財となっている初代典獄渡辺惟精(わたなべこれあき)の日記などを展示しています。






囚人の製作した調度品

他の展示物として、看守の制服(夏服)や、囚人が製作した、たんす、火鉢、文机などの調度品もあります。









水道管

集治監には、多数の囚人を収容する予定であったため、設置当初から水道の建設について考慮されていました。この水道管は1881年(明治21年)にヌッパの沢から集治監まで引かれた水道に用いられていたものです。当時鉄は高価であったため、木製の管が主に用いられました。






 

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〒068-2111 三笠市幾春別錦町1丁目212-1 電話 01267-6-7545 FAX 01267-6-8455
開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)・冬期間の祝日(12月~3月)・年末年始(12月30日~1月4日)