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展示室5【炭鉱と人々のくらし】

三笠市は1879年(明治12年)に幌内炭鉱が開かれて以来、1989年(平成元年)までの110年余り、炭鉱とともに歩んできました。幌内炭鉱は、北海道で最初の近代的な炭鉱として採炭が始まり、それに伴って1882年(明治15年)には、石炭を本州方面へ積み出す港となる小樽手宮まで、石炭を輸送するための鉄道が開通しました。以来、炭鉱の数も増加し、1960年代に出炭量のピークを迎えますが、社会の主要なエネルギー原料が石油に取って代られたこと、地下1,000mを超えるような大深度で採炭を行うコストが高いことなどの理由により、その後、炭鉱の閉山と縮小が続き、1989年(平成元年)に、すべての炭鉱が閉山しました。この展示室では、昭和の終わり頃に炭鉱で使用されていた機械・道具類を中心に展示しており、他に炭鉱で暮らした人々に関する展示として、「友子」の免状(証紙)、明治期の炭鉱住宅の復元家屋(一部)や、模型として昭和20~30年代の炭鉱長屋や、共同井戸、便所などもあります。
なお、この展示室では写真撮影は自由(三脚は不可)ですが、展示資料には手を触れないでください。


 

採炭用ドリル

石炭層に孔を穿つためのドリル(オーガー)や炭鉱内での作業の様子を撮影した写真パネルを展示しています。









 

採炭道具

ワイヤケーブル、発破スイッチ、測量器具、防塵マスク、ヘルメットとヘッドランプなど、鉱内で用いられた道具や機器類を展示しています。








 

炭鉱長屋の復元家屋

明治期の炭鉱長屋(一部)の復元家屋。北海道の冬の寒さを考えると窓が障子紙1枚であったことは驚きです。









 

炭鉱長屋の模型

加賀谷俊蔵氏(三笠市内在住)製作の炭鉱長屋、共同井戸・便所などの模型。これらの建物の作りがよく理解できる模型となっています。








 

友子制度

第二次世界大戦以前、労働者の社会保障制度は未発達でした。そのため、明治期より炭鉱労働者は「友子」とよばれる制度を作って、病気やけが、冠婚葬祭の時、互いに助け合っていました。これは、労働者間で「親分」と「子分」の契りを交わし、その関係において互いを助け合うというものです。展示しているのは、その免状(証紙)です。

友子制度について、市内墓地に現存する「友子の墓」の見学コースを紹介するガイドブックを配布しています。詳細は以下をご覧ください。
友子の墓ガイドブックについて



 

 

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〒068-2111 三笠市幾春別錦町1丁目212-1 電話 01267-6-7545 FAX 01267-6-8455
開館時間:午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)・冬期間の祝日(12月~3月)・年末年始(12月30日~1月4日)