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館長コラム 「こんな化石も展示しています」第10回 ートリゴニア-

 
このコラムは化石の持つ魅力について、当館に展示されている化石を紹介しながら、当館館長が独断と個人の感想を交えて、皆様に楽しくお伝えする連載です。

なお、当館はアンモナイト化石の展示は非常に充実しており、またその解説についても詳しい解説板が展示室に設置されているため、このコラムではアンモナイトは取り上げません(たぶん)。それ以外の、一般の人にはあまり知られていないものの、実は魅力的な様々な古生物達について取り上げて行こうと考えています。

 さて、今回は世界中の中生代の浅海で大繁栄した二枚貝「トリゴニア」を取り上げます
。トリゴニアは三笠市からもたくさん見つかっている馴染みのある化石です。


 生きた化石「トリゴニア」

トリゴニアは中生代三畳紀中頃から白亜紀にかけて栄えた二枚貝です。特にジュラ紀から白亜紀中頃の浅海で繁栄し、色々な種類が現れました。そのため中生代の「示準化石」とされています。しかし、中生代の終わりとともに、急激に衰退し、現在では数種類がオーストラリアの近海に生息しているのみです。そのため「生きた化石」の一つとしてもよく知られています。

トリゴニアは英文字で「trigonia」と書きます。これはラテン語の三角形を意味する「trigonum(トリゴヌム)」に由来します。これは殻の形が三角形をしているためで、日本語では「サンカクガイ;三角貝」と言います。国内では名称として「トリゴニア」および「サンカクガイ」のどちらも普通に使用されています。殻の表面に様々なパターンのたくさんの肋(ろく;筋状の突起)が発達するのが大きな特徴です。


ジュラ紀のトリゴニア (左殻)
時代:中生代前期ジュラ紀中期
産地:ドイツ バイエルン州 ゼンゲンサル
所蔵:三笠市立博物館(標本番号MCM-K0226)「蝦夷層群のさまざまな化石」コーナーに展示中
白線は1cmを示す
殻の表面にたくさんの肋(ろく)が発達しているのもトリゴニアの特徴です。



現生のトリゴニア
和名:ウチムラサキシンサンガクガイ
学名:ネオトリゴニア・マルガリタシア
 

産地:オーストラリア ヴィクトリア州
所蔵:筆者 「蝦夷層群のさまざまな化石」コーナーに寄託展示中
左:左殻外側 右:右殻内側
学名のネオトリゴニアの意味は、ネオ=新、トリゴニア=サンカクガイ(三角貝)
 白線は1cmを示す


トリゴニアの殻の部分名称

一般的な形態的特徴を以下に示して行きます。
まず、トリゴニアの殻は大きく3つの部位に分けられます。



トリゴニアの殻は大きく3つの部位に区分される
前期白亜紀のトリゴニア、プテロトリゴニア・ホッカイドアナ(右殻)を例に示した。
エスカッチョン(黄色着色部)、エリア(赤色着色部)、フランク(無着色部)に分けられ、それぞれの部位の特徴の違いなどが種類分けの基準にもなっている。
標本写真提供:前田晴良氏

次に、3つの部位の分け方や、特徴的な構造の名称などを示します。



トリゴニアの殻の部分名称  
A 殻の表面に見られる主要な構造の名称。ジュラ紀の2種のトリゴニアを例に示した。

・大きな特徴は殻頂付近から斜めに走る「縁辺稜」。「稜」の名称の由来は山の稜線のように突出して見えるためである。種類によっては「稜」が丸みを帯び、あまり突出して見えないものもある。
・「輪肋」や「結節状肋」と呼ばれる
「肋(殻表面の大きな筋状の構造」が発達していることも多い。国内の白亜紀のトリゴニアは結節状肋を有するものが多い。「結節」とはイボのような突起のことで、これが一列に並んで「肋」を作るとこう呼ばれる。
・「縁辺稜」はフランクとエリアの境界となる(Cにて解説)
・「中央稜」と呼ばれる突出があるが、逆に窪んで中央「溝」となっていることもある。

B 殻全体の方位(向き)
・殻は構造的に4つの方位に分けられる。殻の「前側」は解剖学的にトリゴニアにとっての「前方」と一致する。
実際にトリゴニアが前進する方向でもある。同様に「後側」は「後方」と一致する。「背側」はトリゴニアにとっての「上方」、「腹側」は「下方」となる。
「方位」は学術的に殻の形を記述するときに用いられる。例えば「殻の輪郭は後側に向かうにつれて広がってゆく」など。

C 殻の3つの部位
・殻は「縁辺稜」によって大きく分けられる。縁辺稜より前方が「フランク」または「ディスク」と呼ばれ、後方が「エリア」と呼ばれる。この図では示していないが、もう一つ「エスカッチョン(「
楯面;じゅんめん」とも言われる)」と呼ばれる部位も存在する。この図でエスカッチョンを図示していないのは、ここに示したトリゴニア2種は、側面から見た場合、角度的にほとんどエスカッチョンが見えないため。エスカッチョンが存在していない訳ではない。種類によっては側面から見ても大変目立つ(1つ前の図;「トリゴニアの殻は大きく3つの部位に区分される」参照)
この3つの部位名称は、トリゴニアの殻表面の特徴を学術的に説明する時に必須の用語である。例えば「エリア上には弱い放射状の肋が発達し...」や「フランク上には強い11本の結節状肋が見られ...」など。

A左及びB(標本番号MCM-K0225)
学名:トリゴニアの一種 (左殻)
時代:中生代前期ジュラ紀
産地:ドイツ バイエルン州 ゼンゲンサル
所蔵:三笠市立博物館 「生命の歴史と化石」コーナーに展示中

A右及びC(標本番号MCM-K0224)
学名:トリゴニア・クラベラタ (右殻)
時代:中生代中期ジュラ紀
産地:フランス
所蔵:三笠市立博物館 「生命の歴史と化石」コーナーに展示中

フランクやエリア上には様々な肋や筋が見られることが多く、その形やパターンの違いで種類分けがなされています。また、こうした様々な肋や筋の形状が実際にトリゴニアの暮らしに役立っていた可能性が指摘されています。例えば、肋の形が、トリゴニアが砂底を移動する時に砂をかき分けるのに役立っていた可能性がある、などといったことです。

トリゴニアに限らず、生物の体の持つ構造が、その生物の暮らしにどのように役に立っていたのか、と言うことを調べる研究のことを「機能形態学(きのうけいたいがく)」と言います。多種多様な特徴を持つトリゴニアの肋や筋は機能形態学研究の好材料と見なされ、多くの研究例があります。

実際のところ、トリゴニアの殻表面に見られる様々な特徴は、トリゴニアの暮らしに役立っていたようですが、様々な可能性が考えられるため、一つの説で全てを説明することはできないようです。





トリゴニアの殻の内側(裏側)  
A:現生のネオトリゴニアの殻の内側
殻頂近くには、「歯」と呼ばれる構造がある(オレンジ色と緑色の円で囲んだ部分)。二枚貝の「歯」とは、左右の殻を閉じた時、互いの殻の位置がずれることなく閉じられるようにするために備えられた凹と凸のソケットのような構造のことを言う。歯の形は二枚貝の種類によって大きく異なる。近縁種ほど歯の形が似ていることから、歯の形のパターンによって二枚貝は大きく分類されている。
トリゴニアの歯は写真に示したように、右殻のギザギザの凸構造を持った歯が、左殻の凹構造の歯に収まるようになっている。左右のギザギザがピタリと収まることによって、ずれることなく左右の殻を正しい位置で閉じることができる。また、前側と後側の歯の配置が「ハの字」となるのも大きな特徴の一つである。これらは二枚貝類の中でトリゴニア類にだけ見られる非常に特徴的な構造であるため、歯を見れば、それがトリゴニア類の仲間であることはすぐに識別できる。
所蔵:筆者 「蝦夷層群のさまざまな化石」コーナーに寄託展示中

B:化石のトリゴニア(左殻)の内側と外側 

現生のネオトリゴニアの左殻とほぼ同じ構造の歯を持っていることがわかる。
なお、この標本はアメリカ産であるが大変保存状態が良い。国内産でこのように殻がきれいに岩から分離している標本は、まず見られない。
学名:プテロトリゴニア・ソラシカ
時代:中生代白亜紀カンパニアン

産地:アメリカ テネシー州 
所蔵:三笠市立博物館 (標本番号MCM-A1695)(未展示)
寄贈者:相場大佑氏

世界的からたくさん種類のトリゴニア化石が見つかっていますが、世界中に広く分布するようなグローバルな種が少なく、地域ごとのローカルな種が多いのも大きな特徴です。

ローカルな種類が多いのは、幼生の漂流期間が短いためだと考えられています。トリゴニアは他の二枚貝と同様、卵から生まれ、幼生状態(プランクトンのような状態)でしばらく海中を漂います。そして一定時間が経過すると漂流をやめて着底(成長場所を見定めて海底に降りること)します。

トリゴニアの幼生は生まれてから着底するまでの期間が短かったことがわかっています。もし着底までの時間が長ければ、その間、幼生は長い距離を流されるため、広範囲に生息範囲を広げることができます。しかしトリゴニアにはそれができなかったため、結果としてローカルな種類が増えることにつながったと考えられています。



後期白亜紀のトリゴニア 
学名:スタインマネラ亜科に属する種類
時代:中生代後期白亜紀
産地:アルゼンチン
所蔵:筆者(未展示)

またトリゴニアが中生代に非常に栄えたにも関わらず、新生代に衰退してしまった理由については、他のグループの二枚貝との競争に負けたことが原因の一つと考えられています。

トリゴニアが好んでいた水深の浅い砂地の海底で、トリゴニアに代わって現在非常に栄えているグループは、ハマグリやホッキガイなどに代表されるようなマルスダレガイ目の二枚貝です。これらの二枚貝はトリゴニアとは異なり、「水管」と呼ばれるシュノーケル構造をした器官を持っていることが大きな特徴です。


水管を持つことの優位性は、水管をシュノーケルのように使って、砂底に深く潜りながら呼吸や餌取りができることです。一方トリゴニアはこうした構造がないので、呼吸をするために殻の一部を必ず海底から露出させていなければなりません。つまり砂底に深く潜って隠れることができないため、外敵からの攻撃や、嵐などの大波による掘り起こしに対して脆弱な状態と言えます。


水管を持った二枚貝のイメージ図
水管をシュノーケルのように延ばすことによって、海底に深く潜って隠れることができる。

水管を持つ二枚貝は白亜紀の終わり頃から急速に勢力を増し始めたとされています。トリゴニアはこうした二枚貝との生存競争に敗れ、新生代以降、少数派に追いやられたのではないかと考えられています。


日本と北海道のトリゴニア

日本の産地は比較的限られています。主要な産地は、北海道中央部、東北三陸地方、群馬・長野、和歌山、四国中央部、山口、大分、熊本などです。
三畳紀とジュラ紀のトリゴニアは東北三陸地方や山口を中心に見つかっていますが、白亜紀のものが量的には圧倒的です。白亜紀のトリゴニアはしばしば砂岩層中に密集して大量に産出します。国内産の白亜紀のトリゴニアは約60種余りが報告されています。
トリゴニアは主に水深の浅い海底に生息していた一方、アンモナイトは主に水深のやや深い海底に生息していたため、両者が同じ場所で大量に見つかることはあまりありません。

北海道内には、いくつかの産地がありますが、まとまって見つかるのは、三笠市付近に分布している蝦夷層群三笠層の分布地からです。一般的に蝦夷層群は水深の深い海底に堆積した地層が主であるため、浅い海底に生息していたトリゴニアが見つかる地層はあまりありません。そうした中で三笠層は、蝦夷層群の中でも数少ない浅い海底に堆積した地層からなるため、トリゴニアを始め多くの種類の二枚貝化石を産出するのです。



トリゴニアを産出する三笠層の露頭 
撮影場所:三笠市 桂沢 原石山

国内ではトリゴニアの研究は
1950年代から70年代を中心に、80年代の終わりくらいまで盛んに行われていた時期がありました。そのため、日本人研究者らによる分類(種類分け)が今でも世界基準の一部になっています。しかし、残念ながら、現在、国内にトリゴニア専門の研究者はほぼいないため、近年、あまり研究が進んでいないのが実情です。


化石としてのトリゴニア

トリゴニアの化石についてしばしば言われる事は、化石を岩から割り出すときに、殻が剥離してしまって、殻の外側表面を観察することができない、と言うことです。これについて下にイメージ図を示します。


トリゴニア化石が岩の中から発見される時のイメージ・パターン図 
岩に埋もれたトリゴニア化石が割り出された時に、どのような岩と殻の分離パターンを示すかによって、発見されたトリゴニア化石の見た目が全く異なる。
(注:写真で示した二つのトリゴニアは別種)

トリゴニアの同定(しばしば「鑑定」と言う言葉が使われていますが、正確には化石も含めて生物の種類を見分ける作業の事を「同定」と言います)には、殻の外側表面、つまりフランクやエリアそしてエスカッチョン上に見られる肋や筋を観察することが大変重要です。

しかし北海道や東北地域で、岩からトリゴニアが割り出される時に、たいていの場合、殻が割れる、もしくは上図Bのような状態となってしまい、殻の外側表面を観察できないことが多いのです。実際のところ
内型だけで同定を行うのはかなり困難ですので、トリゴニアの同定は大変難しい作業となっているのです。

幸いというべきかわかりませんが、西日本で見つかるトリゴニアを含めた中生代二枚貝は、保存状態があまり良くなく、石灰質の殻が自然風化によって溶けてなくなってしまっていることが普通です。そのため、殻の外型が岩に型取りされている状態(いわば「抜け跡」状態)で発見されることがしばしばあります。

そうした抜け跡にシリコンゴムを押し込んで型取りをすると、
殻外側表面の特徴を非常に精密に観察できる素晴らしい型を作ることができます。こうして作ったレプリカのことを「キャスト」と言います。

実は論文記載された国内産のトリゴニアは、こうして作られたゴムキャストの観察を元にしているものが大半です。

ただし、西日本産のトリゴニアは、地圧によって化石そのものが変形していることも多いので、例えキャストを作製しても、正しい形状を見るのが困難で、場合によっては形状を誤解させられてしまうようなこともあるのが難点です。


トリゴニアの「抜け跡」とゴムキャスト
上:殻が溶けてしまった後にできた「抜け跡」
下:この「抜け跡」を利用して製作したゴムキャスト

ゴムキャストによって、殻の外側外型を精密に観察できることがわかる。
このトリゴニアは殻の後部が非常に細長く延び、また延びた部分にエリアが目立つのが特徴。
学名:プテロトリゴニア・モノベアナ(右殻)
時代:中生代白亜紀アルビアン

産地:熊本県 御所浦島(天草町)
所蔵:三笠市立博物館 未登録・未展示標本



トリゴニアのゴムキャストの例
学名:プテロトリゴニア・サカクライ(左殻)
時代:中生代白亜紀アルビアン

産地:熊本県 御所浦島(天草町)
所蔵:三笠市立博物館 未登録・未展示標本
この化石が見つかった
熊本県 御所浦島は全島で化石が見つかると言っても過言でないほどたくさんの二枚貝化石が見つかる。多種多様なトリゴニアも「抜け跡」状態でたくさん見つかり、白亜紀のトリゴニアを観察するのに、国内で最も適した場所の一つとなっている。


一方、国内で最も保存の良いトリゴニアを産出するのは、岩手県宮古市周辺の三陸海岸です。ここでは海岸沿いに白亜紀の硬い砂岩層が露出しており、その中にトリゴニアが含まれています。だだし岩を割っても、やはり壊れてしまって綺麗な状態のトリゴニアを取り出すことはできません。

保存の良いトリゴニアを見つけることができるのは、磯場の波打ち際の風化面です。波の浸食によって、トリゴニアが自然クリーニングされているのです。こうして発見されたトリゴニアの状態は、日本最高レベルと言えます。またトリゴニアに限らず、二枚貝、巻貝、特にウミユリなど、とても日本とは思えないような優れた状態の化石が見つかることもあります。



国内最高レベルの保存状態のトリゴニア
学名:プテロトリゴニア・ホッカイドアナ
時代:中生代白亜紀アプチアン

産地:岩手県田野畑村
所蔵:前田晴良氏
波の侵食によって、化石が砂岩から浮き彫りにされている。この砂岩から、人の手によるクリーニングではこのように綺麗に化石を取り出すことはできない。画面中央下側にたくさん見える丸いものは、ウミユリの茎がバラバラになった化石。

ちなみに、このトリゴニアの種名「ホッカイドアナ」は「北海道の」という意味であるが、皮肉なことにこの種は北海道から産出しない。もともと、この種は、三笠市と三陸で見つかったトリゴニア標本をもとに新種として命名された。論文が書かれた当時は、この二つの産地で見つかったトリゴニアは同種だと考えられていた。そして、種の定義には二つの産地の標本のうち、状態が良かった三陸の標本の特徴をもとに「ホッカイドアナ」という新種が記載された。しかし後に三笠市で見つかっている標本は三陸産とは異なった特徴を持っていることがわかり、三笠市産のトリゴニアは「ホッカイドアナ」とは別種であると考えられるようになった。

それでも三陸の標本に基づいて作られてしまった「ホッカイドアナ」という種は、国際的な生物命名ルール上、もう訂正は出来ないので、北海道では決して見つからない「ホッカイドアナ」が存在し続けるという落ち着かない事態となってしまった。なお、三笠市で見つかり、もともと「ホッカイドアナ」と誤認されていたトリゴニアは、現在「プテロトリゴニア・コバヤシイ」という種になっている。またこの2種は時代的にも異なり、「ホッカイドアナ」がアプチアン〜アルビアン、「コバヤシイ」が少し新しいセノマニアンのトリゴニアだと考えられている。



三笠層のトリゴニア

トリゴニアは北海道では三笠市付近を中心に分布する蝦夷層群三笠層から最もたくさん産出するため、ここでは三笠層のトリゴニアを紹介します。三笠層は時代的に主に後期白亜紀セノマニアンからチューロニアンと言う二つの時代にまたがって堆積した地層です。三笠層は水深の浅い海底に堆積した地層であるため、こうした環境を好んでいたトリゴニアの化石が多く見つかります。三笠層からは10種類を超えるトリゴニアが産出すると言われていますが、実際には種類の見分け方が非常に難しく、私も全種のトリゴニアを確認できていませんし、また同定も完全には自信が持てません。

そうした状況となっている理由の一つは、先に書いたトリゴニア化石全般にまつわる問題と同様、三笠層から見つかるトリゴニアも、岩の中から割り出す時に殻が剥離してしまうことが多いためです。殻が剥離してしまうと、殻の外側の特徴を見ることができません。そのため種類を見分けることが非常に難しいのです。

ここでは、三笠層からしばしば見つかる代表的なトリゴニアを以下に見て行きます。

プテロトリゴニア属
三笠層から見つかるトリゴニアの中で、目立っているのはプテロトリゴニア属です。同時に、国内の白亜紀のトリゴニアの中で最もポピュラーな属でもあります。実際、
1891年に日本で初めて報告されたトリゴニアは、高知県から見つかった「プテロトリゴニア・ポシリフォルミス」でした。また種類も多く、国内で20種以上が報告されています。中にはご当地的な学名がついた種類もあり、例えば戦国大名 伊達政宗にちなんだ「プテロトリゴニア・ダテマサムネイ」と言う種もあります。この属が栄えたのは前期白亜紀から後期白亜紀の始めで、チューロニアン以降国内では産出しなくなります。

三笠層で代表的なプテロトリゴニア属は、「プテロトリゴニア・コバヤシイ」と「プテロトリゴニア・プスツローサ」です。この2種は三笠層のトリゴニアの中ではサイズが大きい上に、よく見つかるため、三笠層の中でもメジャーなトリゴニアと言えるでしょう。

(1)プテロトリゴニア・コバヤシイ
本種は後述する「プテロトリゴニア・プスツローサ」に比べて、ややずんぐりした外型を持っています。サイズ的にも、殻長10cm近くある個体もあり、三笠層中で最大のトリゴニアとなります。かつては、先に書いたように「ホッカイドアナ」と誤認されていました。



プテロトリゴニア・コバヤシイ
A:模式図(※左殻)

原図を左右反転させているため、原図では右殻である。
B:左殻のゴムキャスト
輪郭及び欠損部を赤破線で示す。
時代:中生代後期白亜紀セノマニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館 (未登録・未展示標本)
 
特徴として最も目立つのは、エリアの上に発達する「斜肋(しゃろく)」の存在です。ただし、普通に見つかる標本は外側の殻が取れてしまった内型です。ですので、エリア上の斜肋を観察することは中々出来ません。状態の良い外型を観察するためには、殻が風化で完全に溶けてしまったきれいな抜け跡を探し、ゴムキャストを作る必要があります。



プテロトリゴニア・コバヤシイの斜肋
A:右殻のゴムキャスト
時代:中生代白亜紀セノマニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館 
(未登録・未展示標本)
上段は、標本そのままの状態を示す。下段はエリア部分に着色し、フランク部分の放射肋がエリア上で斜肋に変化する状態を赤線でトレースした図。
B:右殻の模式図
上段は、論文に掲載された図をそのまま引用している。下段は、A図下段と同様に斜肋をトレースししたもの。
「コバヤシイ」の最大の特徴の一つは、広いエリア上に存在する斜肋である(B図下)。ただし標本の状態によっては不明瞭となっている場合も非常に多く(A図下段)、実際、はっきりとは見られない標本の方が多い。
ちなみに、先に記述した「ホッカイドアナ」はエリア上に斜肋が全く存在せず、それもコバヤシイとの識別点の一つとなっている。



プテロトリゴニア・コバヤシイ(左殻)の内型

時代:中生代白亜紀セノマニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館 (未登録・未展示標本)
一般的に見られる内型の標本。外型とは肋の様子が大きく異なることがわかる。個人的には塩パンのような輪郭と思っている。後述のプスツローサとは輪郭が大きく異なる。

(2)プテロトリゴニア・プスツローサ
前述のコバヤシイよりも外形がややスリムな印象があります。大きさは最大で8cm近くになる物もあり、三笠層のトリゴニアとしては、コバヤシイと並んで大型の部類になります。ただし通常、やはり殻の表面は観察できない標本が大半です。下に内型の実物標本と、模式図を示します。



プテロトリゴニア・プスツローサの内型と外型
A:殻が剥離した状態;(内型;左殻) 

化石の部分を白破線で縁取っている。輪郭が「コバヤシイ」とは異なり、後部がくびれていることが良くわかる。

時代:中生代後期白亜紀セノマニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館 (収蔵番号 MCM-M0051)「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
採集者:故 村本喜久雄氏
B:模式図(左殻) 

先にも示したように、内型と外型とでは全く印象が異なります。この内型標本をプテロトリゴニア・プスツローサと同定できたのは、殻の輪郭の形とサイズです。三笠層から産出するプテロトリゴニア属で、こうした輪郭(コバヤシイに比べてプスツローサは殻の後部がくびれて細くなっている)で、長さ5cmを超えるのはプスツローサである可能性が高いからです。

また、内型ではわからないのですが、外型でプスツローサと同定できる大きな特徴があります。それはエリア上に見られる顆粒状(かりゅうじょう)の構造です。



プテロトリゴニア・プスツローサと顆粒状構造

上:模式図(左殻) 
エリア上に顆粒状構造が描かれている。エリアの後端部には顆粒が存在しないことに注意。
下:後部の破片(左殻;ゴムキャスト)標本に模式図を重ねたもの
殻の後部しか残っていないが、大きさと外型的特徴、そして何よりもエリア上に顆粒状構造が観察されたことから、プスツローサに同定される。ただし、殻の摩耗など化石の状態によって、顆粒構造がはっきりと見えないことも多い。ここに示した標本でも、恐らくエリア後部の顆粒構造は摩耗などで失われていると思われる。顆粒状構造は、プスツローサ以外の
プテロトリゴニアにも見られることがあるが、三笠層からはプスツローサにしか知られていない。
時代:中生代後期白亜紀セノマニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館 (未登録・未展示標本)

(3)プテロトリゴニア・ブレビキュラ
三笠層から見つかるトリゴニアの中ではサイズ的に中型のトリゴニアで、長さ5cm以下程度です。二枚貝化石の密集層中から見つかることが多いようです。また、こうした貝殻密集層中から見つかる時は、殻の保存が良く、殻表面を詳しく観察する事ができます。ただし、こうした岩の場合、岩から殻全体を綺麗に露出させようとしても大抵うまくいきません。もし殻の一部が綺麗に露出している化石を見つけても、クリーニングを行って残りの全体を露出させようとしても、殻と岩の分離がとても悪く、全体を綺麗に取り出すことができないのです。




プテロトリゴニア・ブレビキュラと二枚貝化石の密集
時代:中生代後期白亜紀セノマニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館 (収蔵番号MCM-M208)「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
白線は2cmを示す
こうした密集層は、嵐の時に起こる強い波の力で貝殻が掃き集められてできたと考えられていいる。三笠層は水深の浅い海底で堆積した地層なので、しばしばこのように嵐の影響を受けた地層や化石密集層が見られるのも特徴の一つである。




プテロトリゴニア・ブレビキュラとその特徴
上段:プテロトリゴニア・ブレビキュラ(右殻)
時代:中生代後期白亜紀セノマニアン

産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-M208)「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
下段 模式図 ※実物と一致させるため、原図の左右を反転させている(原図は「左殻」の図)
図に示したように、エリアとの境界のフランク上に「窪み」があるのが大きな特徴の一つ。窪みがあるため、窪みを横断する放射肋が屈曲している。エリア上には多数の明瞭な成長線が見られる(標本の保存によっては不明瞭な場合がある)。



エリア後部の特徴が失われたプテロトリゴニア・ブレビキュラ
プテロトリゴニア・ブレビキュラ(左殻)
時代:中生代後期白亜紀セノマニアン

産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(未登録・未展示標本)
上に示したように、クリーニングを行っても化石と岩の剥離が悪いことが普通である。
しかし殻の前部から中央部にかけては、放射肋が発達し、放射肋上には弱いイボが発達している事がよく観察できる。


ヘテロトリゴニア属
見つかる層準が比較的限られているため、やや珍しいトリゴニアです。

ヘテロトリゴニア・サブオバリス
外形(輪郭)はプテロトリゴニア属などに比べると、高さが低く横長の印象があります。長さは最大で6cmくらいになります。保存の良い化石は非常に稀で、私は殻の外側表面の特徴が明瞭に見られる標本に出会ったことはありませんし、これまで学術論文に掲載された標本も殻表面の保存が悪いものが大半で、特徴がつかみ辛い種類です。
また外形も個体ごとの変異が大きく、形が一定していないとされています。
本種は国内では三笠層以外から発見されていません。



ヘテロトリゴニア・サブオバリスとその特徴
上:実物標本(右殻)
時代:中生代白亜紀チューロニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-A623)
「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
下:模式図 ※実物と一致させるため、原図の左右を反転させている(原図は「左殻」の図)

「ヘテロトリゴニア・サブオバリス」の特徴の一つは下図に示したように、殻の前側にL字に屈曲した放射肋が複数見られることであるが、上図の実物標本では殻表面の保存が悪いため確認できない。ただし「放射肋」(ほうしゃろく;殻頂から殻の縁に向かって放射状に延びる肋のこと)はうっすらと観察する事ができる。本種を観察した個人的な印象では、一般的に大型の標本になるほど放射肋の凹凸がはっきりしなくなるイメージがある。「同心円肋」(どうしんえんろく;殻頂を中心とし、同心円状に発達する肋のこと。しばしば成長線と一致する)が明瞭に観察できる。縁辺稜は殻頂付近でははっきりしているが、殻の後部に向かって次第に弱くなってくる。




ヘテロトリゴニア・サブオバリスの密集標本

時代:中生代白亜紀チューロニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-A623)
「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
放射肋がはっきりした個体と、はっきりしない個体が混在している事がわかる。

ヘテロトリゴニア・サブオバリス(サワタイ形)
ヘテロトリゴニア属は、三笠層から「サブオバリス」の他に「サワタイ」と呼ばれる種類が報告されています。時代的に見て、より古い「サワタイ」から「サブオバリス」に進化したと考えられていますが、両者の中間的な特徴を持ったものが存在します。この中間型は「サブオバリス」に含められていますが、典型的な「サブオバリス」とは異なるということで「サブオバリス(サワタイ形)」と呼ばれています。



ヘテロトリゴニア・サブオバリス(サワタイ形)
時代:中生代白亜紀セノマニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-A1406)
「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
採集者:故 解良正利氏
次の図に解説したように、エリア上の放射肋が「サワタイ」に比較してかなり弱いこと、同様にフランク上の放射肋も数が少なくて弱い事、殻の前部に同心円肋の乱れが見られる事などから「サワタイ」ではなく、「サブオバリス(サワタイ形)」に同定される。
この種類はかなり稀であり、また写真に示した標本はとても状態が良い珍しい物である。



ヘテロトリゴニア・サワタイからサブオバリスへの進化
「サワタイ」から「サブオバリス」への進化の傾向として、「サワタイ」ではエリア上にはっきりとした強い肋が存在していたものが、だんだん弱くなり、「サブオバリス(サワタイ形)」ではうっすらとした肋となり、「サブオバリス」では消えたとされている。


ヤーディア属
三笠層は時代的に、後期白亜紀の主にセノマニアンからチューロニアンの間に堆積した地層です。二枚貝化石の種類を調べると、三笠層の中でもセノマニアンとチューロニアンを境界に大きく種類構成が変わっていることが分かります。実はこうした現象は三笠層に限らず世界的に起きており、この境界では世界規模の絶滅事件が起こったとされています。(ただし、世界規模と言っても恐竜が絶滅した
中生代と新生代の境界とは比べものにならないくらいスケールは小さいです)。そうした世界的な環境変化の影響が、ローカルな三笠層にも及んでいることは興味深いことです。

具体的にトリゴニアの例で見ると、セノマニアンの三笠層からはたくさんのプテロトリゴニア属のトリゴニアが見つかっているのに、チューロニアンの三笠層からはほぼ見つかりません。

チューロニアンの三笠層から見つかるようになるのは、ヤーディア属と呼ばれる大型で楕円形をしたトリゴニアです。これらは、しばしば礫岩層の中に密集して見つかります。

国内でヤーディア属は、最古のものがセノマニアンから見つかっていますが、実質的に普通に見つかるようになるのは、チューロニアン以降です。特にカンパニアン以降、量的にたくさん見つかるようになり、例えば熊本県から鹿児島県にかけて分布する姫浦層群では大量に密集している化石が普通に見られます。

三笠層からヤーディア属のトリゴニアは「アイヌアナ」と「ジンボイ」の2種が見つかるとされています。厄介なのは、この2種の大きな違いが、ディスク上の結節状肋の本数だとされていることです。「アイヌアナ」が11本で、「ジンボイ」が15本とされています。しかし、先ほどから書いているように、三笠層から発見されるトリゴニアで殻の表面全体を観察できる標本は非常に稀で、ヤーディア属もその例外ではありません。従って殻表面の一部しか露出していない場合(それが普通ですが)、この2種を区別することは困難だと言えます。ただし、私のこれまでの観察では、「ジンボイ」に相当しそうな標本は見たことがありません。かなり産出が限られる種類なのかも知れません。



ヤーディア・アイヌアナとその特徴

上:実物標本(左殻)
殻の表面が比較的良好に観察できる良い標本である。
時代:中生代白亜紀チューロニアン
産地:三笠市?
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-A2579)未展示
寄贈者:橋本武彦氏
下:模式図 ※実物と一致させるため、原図の左右を反転させている(原図は「右殻」の図)

ヤーディア属が所属するスタインマネラ亜科のトリゴニア類は通称「knobby trigoniids(ゴツゴツしたトリゴニア類」と言われ、フランク上に結節状肋(けっせつじょうろく)と呼ばれるイボイボが並んだ肋が発達するのが特徴です。
フランクとエリアの境界となる縁辺稜はなだらかで、広いエリアを持ちます。エリアの前半分くらいまでは、フランク上の結節状肋の延長が見られますが、後半分では成長肋のみが目立つようになります。


非常にたくさん見つかるのですが、他のトリゴニアと同様、ヤーディア属の含まれている岩を割っても、殻の部分で割れてしまい、殻の外型を観察するのが困難です。
したがって、偶然いい感じに自然風化で岩から浮き上がっている化石を探すことになりますが、中々そのような物は得られません。私は20年以上そのような標本を探していますが、ほぼ満点と言える標本は1標本も見たことがありません。上に掲載した標本は最近寄贈された物ですが、かなり状態の良い標本と言えます。


ヤーディア・アイヌアナ(左殻)
結節状肋が摩耗したことによりイボイボが目立たなくなってしまっている。
時代:中生代白亜紀チューロニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-A1594)
「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
寄贈者:故 村本喜久雄氏


先に書いたように三笠層のヤーディア属は、礫岩層の中から密集して見つかることがしばしばあります。礫岩が堆積するような地層は大変強い水流の影響を受けていると考えらます(重い礫を水流で流すためには、軽い砂粒を流すよりも相対的に大きな水の力が働かなければならないので、礫岩層があると言うことは、強い水流があったことを示唆する)。恐らく、こうした礫岩層は嵐に伴う洪水的な水の流れによって形成されたと考えられます。三笠層の地層を観察していると、しばしばこのような礫岩層が見つかるので、不定期に大きな洪水が起こっていたことも推定されます。

三笠ではヤーディア属を含んだ礫岩は、かつて「原石山」と呼ばれる桂沢ダム近くの採石場からたくさん見つかっていました。そうした礫岩は「庭石」的に用いられることがしばしばあったようで、現在でも市内各所で見ることができます。下にそうしたものの内の一つを紹介します。



ヤーディア属の断面が多数見られる礫岩
上:三笠市教育委員会前にある石碑(三笠市若草町;三笠市立博物館からは離れている)
石碑の台座は、多数の礫岩のブロックをコンクリートで固めており、ブロック中にはヤーディア等の二枚貝化石が多数観察できる。黄色の丸部分を拡大したものを下写真に示す。なお、石碑の上に飾られているアンモナイトは本物。三笠市はアンモナイトだらけであることがお分かりいただけよう。
下:ヤーディア属の断面
ヤーディア属の殻表面には結節状肋が発達するため、断面ではそれが波打って見え、すぐにヤーディア属の断面であることが判別できる。2枚の殻が揃っているため、ヤーディアは嵐の波で海底から掘り起こされ、礫と共に生息地から離れたところまで流されて、生き埋めになってしまった可能性が高い。
ヤーディア属に限らず、トリゴニアは他の二枚貝類より相対的に厚い殻を持っており、そのため断面でもよく目立つ。

ヤーディア属は一般に潮間帯より少しだけ深い、かなり水深の浅い海底に生息していたと考えられます。このような浅い水深では、ちょっとした嵐が来るたびに波による水流で
海底が大きくかき乱され易いため、ヤーディア達は嵐が来るたびに毎回大変な目に遭っていたと想像されます。


今回は三笠層から見つかるトリゴニアを例にしながら、トリゴニアの紹介を行いました。トリゴニアは示準化石でもあるため、結構知名度はあると思うのですが、その反面あまりよく知られていない化石であるような気がします。三笠層からは今後も多くのトリゴニアが見つかることが期待されるため、機会があればまたトリゴニアについて取り上げたいと思っています。

(トリゴニアの項終わり)



余 談:「製図ペン2丁撃ち!」

今回、本編中に何度も点描画のトリゴニアの絵が登場したことにお気づきだと思います。これらの絵は全て私の大学時代の指導教官 田代正之 高知大学名誉教授によって描かれたもので、田代先生の論文から引用させていただきました。

田代先生のご専門は白亜紀二枚貝で、特に70年代半ばから90年代前半にかけて、大変活躍されました。ご出身が熊本県であることもあり、地元九州の白亜紀二枚貝の詳細な研究を手始めに、全国の白亜紀二枚貝について調査・研究をされました。先生の書かれた多数の記載論文は、今日に至るまで唯一の研究例となっているものも多く、現在の研究者にも大変重宝され続けています。

今回取り上げたトリゴニアの分類(種類分け)についても、田代先生は精力的に研究をなされ、その研究成果が現在もスタンダードとなっています。そのため、今回のコラムでも先生の研究をベースに記述をしています。

先生の論文を圧倒的に際立たせているのが、論文中に掲載されている精密な点描画です。もちろん昔の話ですから、パソコン上で絵を描くなどあり得ません。全て完全な手描きです。国内産の白亜紀二枚貝化石の大半は保存が悪く、論文に実物標本及びゴムキャストの写真を掲載しただけでは、例え論文を読んだとしても、どうにも特徴が掴みづらいことがしばしばあります。その点、先生は精密な点描画をご自身で描かれて掲載することにより、その二枚貝の特徴を余すことなく伝えることができました。先生の絵については、当時の古生物学会内でも定評があり、他大学の教授に依頼されて描いたこともありました。


田代先生のトリゴニア論文(Tashiro & Matsuda;1983)の1ページ


退官間近になった時に先生は、先生の書かれた論文に掲載された点描画を一冊の本にまとめて自費出版されました。この本はすでに絶版となっておりますが、内容は高知大学の以下のサイトで閲覧することができますので、ご興味のある方はご覧ください。
http://www.kochi-u.ac.jp/w3museum/collection.html







私は先生にどのように絵を描いているのか尋ねたことがあるのですが、先生は絵を描き始めたら、もう実物標本は見ないそうです。つまり描き始める前に、実物のイメージを頭の中に完全に固めているということでした。実情として、国内産の白亜紀二枚貝は、不完全な標本ばかりなので、実物を見ながら描くよりは「復元的なイメージ」をしっかりと頭に描いてから描かねばならない、と言うことなのだと思います。

点描画ですので、陰影をつけるために、当然大量の「ドット」を打たねばならない訳ですが、先生は時間を短縮するために、「ロットリング・ペン」と言うドイツ製の製図ペンを両手で持って、両手を高速に交互に動かしてドットを打っていたそうです。と言うのは簡単ですが、ペンを正確に真っ直ぐ紙に当てないと、ドットが楕円になったり、かすれたりします。これを正確にやってのけるのは、器用な田代先生でなければとても無理だと思います。

田代先生の描いた絵は、これからも田代先生の論文を読む人々を感心させることでしょう。きっちりと描かれた絵が人間の感性に訴える力はすごいと思います。



田代先生の画風をマネて、筆者の修士論文用に描いた二枚貝化石(ナノナビス)の点描画
三十数年前に描いた物であるが、とても田代先生のように立体感を出しきれていない。
この絵は鉛筆で原図を描いた後に、トレーシングペーパーを原図に載せて、製図ペン(写真右;ロットリング・ペン)で描いてる。製図ペンの太さは複数種類のものを使い分けている。かなり大きく描いている理由は、これを実際に論文等に用いる時は縮小を行うので、粗が目立たなくなると同時に細密感を出せるため。田代先生は、画用紙上に鉛筆でラフ絵を描いた上に直接、製図ペンで描いていたようである。


(館長 加納 学)

  

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