
アンモナイト・イヤー企画 「今月のアンモナイト」2025年8月号
当館は2024年に、開館45周年を迎えました。そこで、46年目に当たるこの2025年を「アンモナイト・イヤー」と位置付け、アンモナイトいっぱいの年にしたいと考えています。その取り組みのひとつとして、毎月、収蔵庫からアンモナイトを選び出し、展示するロビー展示シリーズ「今月のアンモナイト」を開催しています。2025年8月、第8回目の「今月のアンモナイト」は、「残雪中のアンモナイト発掘記」です。
今年4月初旬のある日の午前中、当館に1本の電話がかかってきました。電話の主は、北海道大学の山田敏弘教授。新年度の挨拶かと思いきや、開口一番「大きなアンモナイト化石を見つけたのだけれど、運ぶ方法がない。博物館に何か輸送に使えそうな資材はありませんか」。
実はこのとき、山田教授は、自身の学生2名とともに地質調査中に、大きなアンモナイト化石を発見したのですが、あまりに大きな化石だったため、当館に協力を仰いだのです。
一方、電話を受けた当館学芸員は、寝耳に水。新年度が始まったばかりで、しかも北海道の4月は、屋外ではコートが必須の時期。博物館周辺には、まだまだ1 m以上も残雪があるような時期です。そんな中、まさか北大チームが、そんな大きなアンモナイト化石を掘り出しているとは驚きでした。しかも、今回の現場は、南向きの斜面のために、寒くても日が当たって雪が溶けるので、足元はぬかるみ、しかも狭く急な斜面まである場所です。いかに安全を確保しつつ、できるだけ簡単に化石を輸送するのか、当館の学芸員たちは悩みながらも、輸送用資材を車に積み込んで、現地に向かいました。
現地に到着し、山田教授のチームと合流した当館学芸員は、輸送する大型アンモナイト化石を確認しました。アンモナイト化石は、まだほとんどの部分を岩石に覆われていました。その大きさは、長径約53 cm×短径35 cm、重量は100 kg程度と推定されます。重さだけを考えれば、6人全員で持ち上げることはできなくはありませんが、そのまま移動することは不可能でした。
そこで、博物館から持ち込んだ網を使うことにしました。この網で化石を包み、網を引っ張って、化石を引きずって運ぶ作戦です。幸運にも、雪がまだまだたくさん残っていたため、移動距離は長くても、道中は比較的平坦でした。とはいえ、6人がかりでも化石は重く、しかも、雪の上を引きずっていくと、化石の周りに雪がまとわりついて、どんどん重みを増していきます。しかも、積もった雪が溶けかかっていて、時々足元を踏み抜いてしまい、足を取られることが何回もありました。当時の気温はわずか5 ℃程度でしたが、全員汗だくになりながら、網を引っ張り続けました。

化石を網にくるんで引っ張っている様子。網は、岩石をゴロゴロ転がして載せたり降ろしたりができ、どこでも手をかけることができるので、網ごと持ち上げて車の荷台に引き上げたり、坂道で速度をコントロールしながら引きずり落としたりすることができます。網そのものは、それほど重さがないのも、重量物輸送の際にはメリットです。
そして最後、約4 mの斜面を下さなければなりません。化石だけゴロゴロ転がり落としてしまう方法も考えましたが、溶けかかってシャーベット状になった雪が斜面を覆っていて、うまく転がりそうにありませんでした。そこでここでも、網の端を持って、斜面を降るスピードをコントロールしながら、運び下ろすことになりました。
こうして、約1時間をかけて、このアンモナイト化石を発掘場所から車まで移動させることができたのです。

今回、発掘されたアンモナイトは、わずかに観察できる殻の特徴から、キャリコセラスという種類だと分かります。このアンモナイトは後期白亜紀の中でも、セノマニアン期(今から約1億年前〜約9390万年前)と呼ばれる時代の、さらにその中頃に世界中で繁栄した種類です。殻の表面に、強い肋(放射状に伸びる突出部)が並ぶのが特徴で、さらに子供の頃には、肋の上に多数の突起もありますが、成長すると、突起はあまり目立たなくなります。

近年、当館に寄贈されたキャリコセラス・アジアチカム。今回の採集標本とは別個体。
「キャリコセラス」という名前は、植物の、花の一番外側にある「萼(がく)」に由来します.おそらく、アンモナイトを横から見た時に、放射状に伸びるこの強い肋が、花びらを裏から支える萼のように見えたことから、この名前がついたものと思われます。
実はこのキャリコセラスは、三笠市とも浅からぬ縁があります。三笠から見つかったアンモナイト化石のうち、初めて新種として発表されたのは、1894年に命名されたキャリコセラス・アジアチカムなのです。
命名したのは、当時、帝国大学理学大学(のちに東京帝国大学に改称、現在の東京大学)助教授だった、神保 小虎(じんぼ ことら)です。神保は、元々は北海道庁に技師として就職し、開拓が始まったばかりの北海道の各地で、地質調査を行いました。その後、ドイツに留学して古生物学を学び、1894年には日本に帰国したばかりでした。おそらく、神保が「キャリコセラス・アジアチカム」を命名した際に用いた標本も、彼の北海道調査の過程で発見したものだと思われます。神保の標本の産地は「幾春別」と記されていることから、おそらく、現在当館がある場所から、そう遠くない地域で見つかったものと推測されます。
今回発見された化石が、このアジアチカム種かどうかはまだ分かりませんが、今後、山田教授たちのチームによって、化石のクリーニングののち、詳細な研究が行われる予定です。
産地直送、採りたてほやほやのアンモナイト化石と、最近当館に寄贈されたキャリコセラスは、8月いっぱい三笠市立博物館ロビーにて展示しています。期間限定の展示ですので、この機会をお見逃しなく!
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