このコラムは化石の持つ魅力について、当館に展示されている化石を紹介しながら、当館館長が独断と個人の感想を交えて、皆様に楽しくお伝えする連載です。
なお、当館はアンモナイト化石の展示は非常に充実しており、またその解説についても詳しい解説板が展示室に設置されているため、このコラムではアンモナイトは取り上げません(たぶん)。それ以外の、一般の人にはあまり知られていないものの、実は魅力的な様々な古生物達について取り上げて行こうと考えています。
さて、今回は現在世界中の海で繁栄している二枚貝「カキ(牡蠣)」を取り上げます。カキ類二枚貝の中でもかなりユニークな特徴を持っていますが、今回はそうしたカキ類の中でも、さらに一風変わった存在として知られている2つのカキ化石を展示室からご紹介いたします。
一つは三笠市の白亜紀層から見つかり、原始人の棍棒のような形をした「コンボウガキ」、もう一つは海外のジュラ紀層から見つかり、悪魔の足の爪とも言われる「グリフェア」です。
「カキ」
カキは世界中で食用にされるなど、人類にとって最も馴染みのある二枚貝の一つと言えるでしょう。また、地質時代を通して見た場合、カキは、その膨大な個体数に加えてその体積(大きさ)を考慮すると、二枚貝として最も成功したグループの一つと考えられています。
世界最古のカキとされる化石は、実は宮城県の古生代ペルム紀層から見つかっています。ただし、これを「カキ」とみなして良いかどうかについては、まだ学者によって意見が分かれる部分があるようですが、もしこれが正しければ、カキ発祥の地は日本ということになります。
なお、間違いなくカキだと認定されている化石の時代は中生代三畳紀後期からとなっています。カキは三畳紀には、まだ二枚貝としてはあまり目立たない存在でしたが、ジュラ紀になると世界中に広がりました。そして白亜紀になると、我々が広く食用としているマガキの仲間が現れ、急速に世界中に広がり、大きな密集層を作るまでになりました。そして現在ではマガキの仲間は、世界中の干潟を独占する二枚貝となっています。
世界最古のカキとされる化石は、実は宮城県の古生代ペルム紀層から見つかっています。ただし、これを「カキ」とみなして良いかどうかについては、まだ学者によって意見が分かれる部分があるようですが、もしこれが正しければ、カキ発祥の地は日本ということになります。
なお、間違いなくカキだと認定されている化石の時代は中生代三畳紀後期からとなっています。カキは三畳紀には、まだ二枚貝としてはあまり目立たない存在でしたが、ジュラ紀になると世界中に広がりました。そして白亜紀になると、我々が広く食用としているマガキの仲間が現れ、急速に世界中に広がり、大きな密集層を作るまでになりました。そして現在ではマガキの仲間は、世界中の干潟を独占する二枚貝となっています。
燻製のカキ
美味しい。国内で食用として殻付きやパックなどで流通しているカキの大半は、マガキ(クラスオストレア・ギガス)である。
美味しい。国内で食用として殻付きやパックなどで流通しているカキの大半は、マガキ(クラスオストレア・ギガス)である。
マガキのエラ
マガキが生息するような、ごく浅い海は陸上からたくさんの餌が流れ込む。マガキは他の二枚貝類と比べて、体の大きさの割に大きなエラを持つため、大量の海水を取り込むことが可能である(1時間に20〜30ℓとも言われる)。エラは海水を取り込むとともにエサを濾しとる役割があり、濾しとったエサは繊毛で口に運ばれる。
上写真:右殻を外した状態。櫛状に見えるエラの一部が見えている。
下写真:右殻側の外套膜(がいとうまく)をめくると、体の割りに大きなエラ(櫛状)が4つ現れる。
カキ類の生活場所は、潮間帯(満潮時には海の底になり、干潮時には陸になるような場所)から、水深数百メートルの深海まで、海洋の様々な場所となっています。
また、カキ類は他の二枚貝類と比較して非常にユニークな特徴を数多く持っていることでも知られています。
イタボガキ科とベッコウガキ科
カキ類は、分類学的にはウグイスガイ目 カキ亜目に属します。アサリなどと異なり、足がないので移動能力はなく、殻を岩や貝殻などの固くて安定したものに付着させて生活しています。カキ類の最大の特徴の一つが、必ず左の殻で付着する、ということです。固いものに付着して生活する二枚貝はカキ類以外にもいますが、それらは全て右の殻で付着しています。
カキ類は大きく二つの「科」に分かれます。一つがイタボガキ科で、もう一つがベッコウガキ科です。この二つの科の違いは、内臓や筋肉などの作りの違いに加えて、暮らし方に大きな違いがあります。イタボガキ科のカキの多くは、陸に近くて、淡水と海水が混ざっているような所(「汽水域」と言います)に暮らしています。また、しばしば密集して暮らし、時にマガキの様に「カキ礁」と呼ばれる密集群落を作るのもイタボガキ科の特徴です。それに対してベッコウガキ科のカキは相対的に水深の深い海に生息し、密集群落のようなものは作りません。
我々が、食用としているカキの大半がイタボガキ科のカキです。陸に近い場所に生息していること、密集しているので、たくさん採ることができる、と言ったことから人類の食用に供されることとなったのでしょう。
今回は、イタボガキ科から「コンボウガキ」、ベッコウガキ科から「グリフェア」を紹介します。それぞれがユニークなカキですが、それらの「変わり種」を見る前に、カキ類の殻の作りなど一般的特徴について見てみましょう。
カキの殻の作り
下に、現生のマガキを例にカキの殻の外型を示します。
現生のマガキと殻の特徴
産地:北海道(養殖)
左右二枚の殻からなっているが、カキはアサリやホッキガイと異なり左右の殻の形は対称ではない。特にマガキの仲間では、左殻が大きく膨らみ、反対に右殻は平べったいため、右殻はまるでフタのように見える。殻の表面にはしばしばヒダのような凸凹の筋がある。
「左殻」の図に、殻の方位(背側・腹側・前側・後側)を示した。殻頂側が必ず「背側」となり、その反対側が「腹側」となる。左殻の向かって左が「前側」となる。右殻の場合は逆になり、向かって左が「後側」となる。
a 殻付着痕:カキの仲間は殻を固定するために、岩や貝殻などに付着する時は、必ず左殻側で付着する。付着には石灰分が接着剤として利用され、強力に接着される。写真に示した「付着痕」はこのマガキ左殻が何かに付着していた跡である(付着物から無理に剥がされたために、殻表面が剥落して白っぽくなっている)。
b 靭帯付着部:カキに限らず二枚貝類の左右の殻は、「靭帯(じんたい)」と呼ばれる組織によって繋がっている。写真に示した範囲は靭帯が付着していた跡。黒っぽく見えるのは、一部残っている靭帯。靭帯は「肉」ではなくカルシウム分を多く含んだタンパク質の繊維からなり、腐りにくいが、乾燥すると脆くなって剥がれてしまうことが多い。
c 閉殻筋(貝柱)付着痕:左右の殻を閉じるための筋肉(貝柱)が付着していた痕。アサリやホッキガイなどは二つの筋肉を持つが、カキの仲間は一つしかない。
産地:北海道(養殖)
左右二枚の殻からなっているが、カキはアサリやホッキガイと異なり左右の殻の形は対称ではない。特にマガキの仲間では、左殻が大きく膨らみ、反対に右殻は平べったいため、右殻はまるでフタのように見える。殻の表面にはしばしばヒダのような凸凹の筋がある。
「左殻」の図に、殻の方位(背側・腹側・前側・後側)を示した。殻頂側が必ず「背側」となり、その反対側が「腹側」となる。左殻の向かって左が「前側」となる。右殻の場合は逆になり、向かって左が「後側」となる。
a 殻付着痕:カキの仲間は殻を固定するために、岩や貝殻などに付着する時は、必ず左殻側で付着する。付着には石灰分が接着剤として利用され、強力に接着される。写真に示した「付着痕」はこのマガキ左殻が何かに付着していた跡である(付着物から無理に剥がされたために、殻表面が剥落して白っぽくなっている)。
b 靭帯付着部:カキに限らず二枚貝類の左右の殻は、「靭帯(じんたい)」と呼ばれる組織によって繋がっている。写真に示した範囲は靭帯が付着していた跡。黒っぽく見えるのは、一部残っている靭帯。靭帯は「肉」ではなくカルシウム分を多く含んだタンパク質の繊維からなり、腐りにくいが、乾燥すると脆くなって剥がれてしまうことが多い。
c 閉殻筋(貝柱)付着痕:左右の殻を閉じるための筋肉(貝柱)が付着していた痕。アサリやホッキガイなどは二つの筋肉を持つが、カキの仲間は一つしかない。
人々によく知られているカキではありますが、実は二枚貝化石の研究者の間では、しばしば避けて通られる二枚貝です。というのは、カキの化石は分類(種類分け)が非常に難しいのです。その理由は、カキは殻の形の自由度が高く、同じ種類のカキであっても個体によってかなり異なった形をしているため(「個体変異(こたいへんい)」と言います)です。そのため、殻の形を見ても、種類が異なっているのか、単なる個体変異なのか、判断が難しいことが多いのです。下に例を示します。
カキの仲間は殻の形が一定しない
現生のマガキ(北海道産;養殖)を例に示した。
上に示したA,B,Cどの個体もマガキであるが、かなり形状が異なり、別種のようにも見える。
下段に右殻を示し、赤い破線で成長軸を書き加えた。矢印が成長方向である。成長方向とは殻が成長して大きくなってゆく方向である。AとC個体では、成長軸が反対方向にカーブし、B個体では、うねっている。このように、成長軸の曲がり方は個体によって異なるので、結果として、個体ごとに殻の形が異なる結果となる。通常、二枚貝類の成長軸は種類ごとに一定しており、直線的か、一定の緩やかなカーブなどの形を描くので、こうした「うねり」は二枚貝としてはかなり独特である。
現在、国内でカキ化石の研究、殊に分類を専門に研究している研究者はいません。現生のカキでも分類は難しいのに、まして現生よりも情報が少ない化石のカキで分類をしようとするのは、苦労ばかり多くて得るものが少ない、と言うのが大きな理由の一つであると思われます。
ただし、後で触れるように、地質時代のカキ類は、大変ユニークな古生態を示すものも多く、そうしたカキ類の暮らしぶりは、研究対象として、しばしば関心を集めています。
「コンボウガキ」
「コンボウガキ」は漢字で書くと「棍棒牡蠣」となります。名前の由来は、まるで棍棒のように長く伸びて成長した殻の形に由来します。また、その学名である「コンボオストレア・コンボウ」の意味は、「棍棒状をなす棍棒ガキ」ですので、文字通り棍棒だらけの名前となっています。
コンボウガキは、食用とされているマガキに近い仲間ですが、そのユニークな長く伸びた殻の形は、世界でも例を見ません。殻高は殻高120cm余りになります。コンボウガキの化石は最初に三笠市にある白亜紀チューロニアンの三笠層から発見されたため、三笠市が模式産地とされています。その他夕張市に分布する三笠層や、北海道外からは岩手県や福島県、そしてサハリンの白亜紀層からも見つかっています。
コンボウガキを研究した論文によると、通常の殻高は大人の個体で80cmから100cmにもなりますが、それに対して模式産地である三笠市のものはやや小ぶりで50cmから70cmとなるそうです。
コンボウガキ(学名:コンボオストレア・コンボウ)
時代:中生代後期白亜紀チューロニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-A1191)「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
寄贈者:松田昇市氏
この図では、実際の生息姿勢がイメージしやすいように、殻頂を下にして示している。(二枚貝標本の示し方としては、これまで示してきたように、本来、殻頂を上にして示すのが正しい)
この標本は殻の高さ54cmにもおよぶ。現生のマガキと同様に左殻が膨らんでいて、右殻が平たくて薄い。ただし、中央の「前側から」のアングルでは、この標本がねじれているため、殻高の中央付近で右殻がまるで厚くなっているように見えることに注意。
このように、殻が長く成長する(「殻高」が高くなる)のは、コンボウガキの生態に関係があると考えられています。コンボウガキに近い仲間であるマガキは、本来の自然状態では、殻を泥などに埋め、殻の腹側の一部だけを露出させて暮らしています。マガキの殻全てが泥に埋もれてしまうと、窒息して死んでしまうので、少なくとも殻の一部は絶えず海底から露出させていなければなりません。海底には次第に泥が降り積もって行くので、泥に埋もれないためには、泥が積もる速度よりも早く殻を成長させねばなりません。時代:中生代後期白亜紀チューロニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-A1191)「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
寄贈者:松田昇市氏
この図では、実際の生息姿勢がイメージしやすいように、殻頂を下にして示している。(二枚貝標本の示し方としては、これまで示してきたように、本来、殻頂を上にして示すのが正しい)
この標本は殻の高さ54cmにもおよぶ。現生のマガキと同様に左殻が膨らんでいて、右殻が平たくて薄い。ただし、中央の「前側から」のアングルでは、この標本がねじれているため、殻高の中央付近で右殻がまるで厚くなっているように見えることに注意。
泥の埋もれた現生のマガキ(天然)の生態イメージ図
泥の中に埋もれ、殻頂を下にして「立っている」姿勢を示している。殻の腹側の一部を海底に露出させ、エラで海水を殻の中に取り込み、水中を浮遊する有機物(エサ)を濾しとって食べている。海底には次第に泥が堆積してゆくが、殻を泥の堆積速度よりも早く海面側に向かって成長させないと泥に埋もれて窒息死してしまう。
なお、養殖マガキはカゴに入れたり、海面から吊るしたロープに付着させたりしているので、この図とは生態のイメージが異なる。
ただし、殻を成長させることは、イコール重量の増加につながりますので、せっかく殻を伸ばしたのに、マガキが軟らかい泥に沈む原因となる可能性があります。それに対する工夫として、マガキの仲間は、殻の「軽量化」も行っています。
通常、二枚貝の殻は、強度を上げるために、方解石(ほうかいせき;炭酸カルシウムを主成分とした鉱物)という鉱物を緻密に沈澱させて殻を作っています。ただし、緻密な分、殻を大きくしてゆくと重量も増えて行きます。それに対して、マガキの仲間の殻は、殻の体積の大半を「チョーク」と呼ばれる、成分的には同じ方解石でも、もろい結晶構造でできた物質から作っています。ただしチョークだけでは、殻が脆すぎるので、それを「葉状層」と呼ばれる薄くて丈夫な方解石の層で包み込んで、殻全体の強度を保っています。
通常、二枚貝の殻は、強度を上げるために、方解石(ほうかいせき;炭酸カルシウムを主成分とした鉱物)という鉱物を緻密に沈澱させて殻を作っています。ただし、緻密な分、殻を大きくしてゆくと重量も増えて行きます。それに対して、マガキの仲間の殻は、殻の体積の大半を「チョーク」と呼ばれる、成分的には同じ方解石でも、もろい結晶構造でできた物質から作っています。ただしチョークだけでは、殻が脆すぎるので、それを「葉状層」と呼ばれる薄くて丈夫な方解石の層で包み込んで、殻全体の強度を保っています。
チョークはスカスカしているため、軽量化に大いに役立ちます。また、スカスカの利点は、緻密な方解石で殻を作るよりも省エネ・時間短縮で、厚くて大きな殻を形成できることです。このことは沈まないための軽量化に加えて、泥に埋もれないように素早く殻を成長させることに役立っています。ただし欠点として、殻全体の強度は比較的弱く、また脆くなっています。実際、乾燥状態のマガキの殻は、触るだけでボロボロと崩れるほどです。
そうした殻の軽量化などの効果があり、生きているマガキと泥の比重を比べると、マガキの方がわずかに軽いそうです。つまりカキは実際に泥の上に浮いていることになります。
マガキ類の殻はもろい
殻を作る原料として、柔らかいチョークを多用しているため、殻は強度的にもろく、特に乾燥させると、少し触っただけでもポロポロと崩れてくる。
例え殻の軽量化を図ったとしても、泥の堆積速度が殻の成長速度より早いと、マガキは泥に埋もれて窒息死してしまいます。マガキはそれに対処するために「世代交代」という手法を使って、「種」としての「全滅」を防いでいます。これはある個体の上に新しい個体が付着し、それを繰り返すことによって、「株」(複数の個体同士が付着してできている一つの「塊」のことを言います)をハシゴのように上に伸ばすことができます。ある個体が死んでも、別の子孫がリレーのように成長を引き継いで行きますので、「個体」は死んでも「種」または一つの「株」としては滅びない、という戦略です。こうしたマガキ類の成長戦略は「リレー戦略」と呼ばれています。
マガキの「リレー戦略」 のイメージ図
この図の中で生きているのは、一番上のカキのみである。このように世代を継いで上に伸びてゆくことで、「個体」は死んでも「種」または「株」としては生き残れる戦略を取っている。なお、マガキが他の個体に付着するのは必ず「左殻」である。
最初の個体は、貝殻のかけらなどの固いものに付着して成長を始める。第二世代からは、前の世代の殻を「固いもの」として利用する。
こうしたリレー戦略の生態を実際に示すカキは、白亜紀以降、現在まで広く見られ、化石としてもしばしば見られます。また、こうしたリレーを行っているカキたちが大量に密集した状態のことを「カキ礁」(またはカキ床)といい、化石の場合は「化石カキ礁」と呼ばれます。
白亜紀の化石カキ礁
撮影地:岩手県久慈市
地層の縦断面を見ている。写真に写っている範囲だけでも厚さ2m以上のカキ化石の密集層が見られる(写真中央のハンマーの長さ30cm)。これらはマガキの仲間で、大きい物では殻高30cm近くに達する。
白亜紀の化石カキ礁(前掲写真と同じ露頭)
撮影地:岩手県久慈市
ここで観察されるカキ化石の多くは、殻頂を下にして立っている姿勢を示すことから、生きていた時の場所でそのまま化石になっていることがわかる(死んだ後に流されたりして、元々の生息場所から移動していない、という意味)
また、ここでは明らかに「リレー戦略」を示しているカキ化石がしばしば見られる。次の写真にそうした例を示す。
撮影地:岩手県久慈市
地層の縦断面を見ている。写真に写っている範囲だけでも厚さ2m以上のカキ化石の密集層が見られる(写真中央のハンマーの長さ30cm)。これらはマガキの仲間で、大きい物では殻高30cm近くに達する。
白亜紀の化石カキ礁(前掲写真と同じ露頭)
撮影地:岩手県久慈市
ここで観察されるカキ化石の多くは、殻頂を下にして立っている姿勢を示すことから、生きていた時の場所でそのまま化石になっていることがわかる(死んだ後に流されたりして、元々の生息場所から移動していない、という意味)
また、ここでは明らかに「リレー戦略」を示しているカキ化石がしばしば見られる。次の写真にそうした例を示す。
「リレー戦略」を示すカキ化石
撮影地:岩手県久慈市
カキ化石層の縦断面に観察されたリレー。少なくとも3世代のリレーが観察できる。
「上」と書いてある矢印は、地層の上方向を示し、カキが世代を重ねながら上方向に向かっていることがわかる。
真上から見たカキ化石層
撮影地:岩手県久慈市
カキ化石層を横断面(上から)で見ている。たくさんの「立っているカキ」化石の横断面が見られる。横断面の観察からでは断言できないが、これらの密集具合からして、これらも「リレー戦略」の産状を示すカキ化石である可能性が高い。
現在国内では干潟が少なくなってしまったため、大規模なカキ礁はほとんど見られなくなりましたが、かつては東京湾でも多数見られたそうです。大きいものでは幅数百メートルにもなったそうです。また北海道根室市に近い厚岸町には、かつて国内最大級のカキ礁があったことで有名です。
話をコンボウガキに戻します。これまで書いてきたように、マガキの仲間は、白亜紀以来現在に至るまで、しばしば「リレー戦略」と呼ばれる方式で、泥などの堆積物に埋もれてしまうことに対抗してきました。ところが、コンボウガキは同じマガキの仲間であるにも関わらず異なるアプローチで埋没に対抗していました。
それは、堆積に負けじと殻を上に伸ばしてゆくことです。
コンボウガキの古生態復元イメージ図
世代交代で埋没に対抗をする「リレー戦略」に対して、コンボウガキは殻をひたすら上に伸ばしてゆくという「伸長(しんちょう)戦略」と呼ばれる方式で堆積物による埋没に対抗した。このような戦略を採用しているカキはコンボウガキしか存在しない。
左の図はイメージ復元図、右の図は実物化石を配置している。どちらも左殻(膨らみの強い方の殻)である。右の図は、前掲の三笠産のコンボウガキ(収蔵番号MCM-A1191)と同一の標本である。
コンボウガキの殻には、他のカキには見られないいくつかの特徴があります。一つは殻全体の容積に比べて、実際に軟体部(身)の入っている部分は少ない、ということです。コンボウガキのように大きな殻を持っていると、さぞかし、軟体部も大きいのだろうと思うかもしれません。しかし、実はコンボウガキの殻の中は下の図に示したように「上底」状態になっており、軟体部はそれほど大きくないのです。ですので、あまり食べがいはないと言えるでしょう。
コンボウガキは殻の大きさの割りに軟体部(身)が小さい
A:生息状態のイメージ図(左殻)
B:一般的に予想される誤った縦断面イメージ図(前側から見ている)
C:実際の縦断面イメージ図(前側から見ている)
コンボウガキは殻が大きくなるため、Bのように、大きな軟体部(身)が入っているに違いない、という誤った予想をしてしまう。しかし実際には、Cのように殻の成長とともに、殻の内側は殻の成分で充てんされてゆき、いわば上底となっているため、実際に軟体部の入っている容積は、殻全体の大きさの割りには少ない。
もう一つの特徴は、殻の開閉に関することです。コンボウガキが生きているときには、エサを採ったり、呼吸をする時には、海水が出入りできるよう殻を開けなければなりません。しかしコンボウガキは、この殻の開閉方法が二枚貝としてはあまり例を見ない独特のやり方となっています。
コンボウガキの殻の開き方の縦断面イメージ図
A:殻を閉じている状態。破線は左右の殻の合わせ目を示す。
B:通常の二枚貝はこの図のように、筋肉(貝柱;正確な用語としては「閉殻筋(へいかくきん)」)を弛緩させることによって、靭帯を回転軸として殻が開く。靭帯は、常に殻を開く方向に力を働かせている組織であるため、筋肉の弛緩させれば、靭帯の引っ張りによって殻が開き、逆に筋肉を収縮させて、靭帯の引っ張り力より大きな力を出せば殻が閉じる。
A:殻を閉じている状態。破線は左右の殻の合わせ目を示す。
B:通常の二枚貝はこの図のように、筋肉(貝柱;正確な用語としては「閉殻筋(へいかくきん)」)を弛緩させることによって、靭帯を回転軸として殻が開く。靭帯は、常に殻を開く方向に力を働かせている組織であるため、筋肉の弛緩させれば、靭帯の引っ張りによって殻が開き、逆に筋肉を収縮させて、靭帯の引っ張り力より大きな力を出せば殻が閉じる。
C:しかし、堆積物に埋もれているコンボウガキが通常の二枚貝のように殻を開こうとしても、大きな殻に大きな地圧がかかるため、実際にはBのように靭帯の力で殻を開くことは不可能である。
D:そこでコンボウガキは、殻全体を開くのは諦め、筋肉を強く収縮させることにより、右殻を強く引っ張り、殻の弾性(たわみ)を利用して殻の一部だけを開いていたと考えられている。マガキ類の殻は柔らかく、またコンボウガキの右殻は特に殻が薄いので、こうした独特の方式が可能となったと考えられる。この方式で殻を開く二枚貝は、現生には存在しない。
殻の「たわみ」を利用して殻を開くというやり方はかなり独特です。こうした「たわみ」を利用できるのは、先に述べたようにマガキの仲間は、硬い殻を持つ一般的な二枚貝と比べて、殻がチョークを利用した柔らかい構造になっていること、そして右殻が非常に薄いので、こうした「裏技」を使うことができたと考えられます。
非常に薄いコンボウガキの右殻
A:前側から見た図
黄色破線で、右殻と左殻の境界を示している。殻頂付近では右殻が厚く見えるのは、殻がねじれていることによる錯覚で、実際には写真の上の方を見ればわかるように相当に薄い。
B:上から見た横断面イメージ図
右殻が左殻に較べて非常に薄いことを示している。
時代:中生代後期白亜紀チューロニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-A1192)「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
寄贈者:松田昇市氏
また、コンボウガキの化石は、真っ直ぐに伸びているものだけではなく、しばしば曲がったり、ねじれているものが見つかります。これは個体の成長過程で何らかの出来事があった結果、曲がって成長したと考えられています。
このように曲がって成長する例は、コンボウガキだけではなく、現生および化石の大型のマガキ類などにもよく見られます。個体が大人になり、殻が大きくなれば安定性が増すので、嵐による大波などのアクシデントで傾いたりする確率も減少しますが、殻が小さい頃は、こうしたアクシデントで殻が動かされてしまうこともよくあったと想像されます。
大きくカーブしたコンボウガキ
学名:コンボオストレア・コンボウ
時代:中生代後期白亜紀チューロニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-A1192)「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
寄贈者:松田昇市氏
成長の途中で殻の成長軸が鉛直より傾いてしまうような出来事があり、コンボウガキはそれを補正するために成長軸をカーブさせたと考えられる。こうしたカーブや三次元的なねじれは、コンボウガキだけでなく、他のマガキ類にもしばしば見られる。
もし傾いたまま成長すると、成長の効率が悪いので(傾いたままだと、堆積物の堆積から逃れるのに、鉛直方向に成長するよりも、よりたくさん成長せねばならない)、コンボウガキは、鉛直方向に向かって成長軸を曲げて行きます。この結果殻が曲がります。さらに、複数回傾いたり、成長方向の補正中にまた傾いたりすると、より複雑に曲がり、ねじれて見えるようになったりもします。
曲がって成長するコンボウガキ
A:ほぼ垂直に育つ通常の生息状態。緑色破線は成長軸(成長する方向)を示す。
B:嵐などの波によって、殻が傾いてしまった状態。赤破線は鉛直方向を示す。
三笠層のうち、時代的に白亜紀チューロニアンに相当する部分は、全体的に水深の浅い海底で堆積した三笠層の中でも、特に水深が浅い部分です。そうした中には潮間帯の干潟で堆積した地層も含まれ、コンボウガキや、リレー戦略を示すマガキ類の化石が発見されています。
ただし、この二つのタイプのカキの化石は同じ場所からは見つかりません。恐らく、同じ潮間帯域に生息はしていても、それぞれ最適な生息環境が微妙に異なっていたと考えられます。ただし化石の見つかる量で較べると、コンボウガキは少数派です。
コンボウガキは白亜紀に絶滅してしまい、その後、同様の性質を持ったカキは現れませんでした。やはりコンボウガキはかなり特殊な生物だったと思われます。
三笠層の砂岩中から発見されたマガキ類化石
撮影地:三笠市奔別(ぽんべつ) 三笠ぽんべつダム建設予定地
全体が見えていないのでわかりにくいが、写真中央に複数の個体が見られる(殻がキラキラして見える)。これらは長く伸びないタイプのマガキ類である。
現生のカキの殻はもろいが、化石の場合、化石化過程で殻全体が改めてカルシウム分で固められてしまうため、それほどもろくはない。ただし、やはり殻が層状に剥離しやすい傾向がある。そのため、岩からカキ化石を割り出しても、綺麗にカキの表面が見られることはあまりない(特に硬い岩石中に含まれている場合)。この標本でもやはり殻が剥離し、一部内型が見えている。
(北海道開発局幾春別川ダム建設事業所及び三笠ぽんべつダムJV工事事務所の協力にて撮影)
三笠層から潮間帯に生息するマガキ類の化石が見つかると言うことは、三笠層は非常に陸地に近い場所に堆積した地層だということの証明になります。当時、陸地には恐竜が栄えていたので、もしかするとマガキ類の化石が含まれているような地層から、将来、恐竜の化石が見つかるかもしれません。
なお、現在と白亜紀のマガキ類では、住んでいる環境が少し異なっていました。現在のマガキ類は潮間帯の泥底に生息しています。それに対して、白亜紀のマガキ類は、同じ潮間帯でも砂底に生息していました。理由はわかっていませんが、これは三笠層に限らず、世界的な現象です。マガキ類が泥底に進出したのは新生代になってからです。こうした現象は、あまり大した出来事ではないように感じられるかも知れませんが、今日、潮間帯の泥干潟に大量のマガキ類が独占的に生息していることを考えると、海洋の生態系にとって、マガキ類の泥底進出はとても大きな影響があったと考えられます。
「グリフェア」
三畳紀からジュラ紀に世界中で栄えたベッコウガキ科のカキです。日本では見つかっていませんが、世界中から化石が発見されています。殊に西ヨーロッパでは古くから知られた化石で、かつてイギリス・グローセスター州を中心に、その独特の形から、「悪魔の足指の爪(devil's toenails)」と人々に言われていました。
D:そこでコンボウガキは、殻全体を開くのは諦め、筋肉を強く収縮させることにより、右殻を強く引っ張り、殻の弾性(たわみ)を利用して殻の一部だけを開いていたと考えられている。マガキ類の殻は柔らかく、またコンボウガキの右殻は特に殻が薄いので、こうした独特の方式が可能となったと考えられる。この方式で殻を開く二枚貝は、現生には存在しない。
殻の「たわみ」を利用して殻を開くというやり方はかなり独特です。こうした「たわみ」を利用できるのは、先に述べたようにマガキの仲間は、硬い殻を持つ一般的な二枚貝と比べて、殻がチョークを利用した柔らかい構造になっていること、そして右殻が非常に薄いので、こうした「裏技」を使うことができたと考えられます。
非常に薄いコンボウガキの右殻
A:前側から見た図
黄色破線で、右殻と左殻の境界を示している。殻頂付近では右殻が厚く見えるのは、殻がねじれていることによる錯覚で、実際には写真の上の方を見ればわかるように相当に薄い。
B:上から見た横断面イメージ図
右殻が左殻に較べて非常に薄いことを示している。
時代:中生代後期白亜紀チューロニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-A1192)「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
寄贈者:松田昇市氏
また、コンボウガキの化石は、真っ直ぐに伸びているものだけではなく、しばしば曲がったり、ねじれているものが見つかります。これは個体の成長過程で何らかの出来事があった結果、曲がって成長したと考えられています。
このように曲がって成長する例は、コンボウガキだけではなく、現生および化石の大型のマガキ類などにもよく見られます。個体が大人になり、殻が大きくなれば安定性が増すので、嵐による大波などのアクシデントで傾いたりする確率も減少しますが、殻が小さい頃は、こうしたアクシデントで殻が動かされてしまうこともよくあったと想像されます。
大きくカーブしたコンボウガキ
学名:コンボオストレア・コンボウ
時代:中生代後期白亜紀チューロニアン
産地:三笠市
所蔵:三笠市立博物館(収蔵番号MCM-A1192)「蝦夷層群の様々な化石」コーナーに展示中
寄贈者:松田昇市氏
成長の途中で殻の成長軸が鉛直より傾いてしまうような出来事があり、コンボウガキはそれを補正するために成長軸をカーブさせたと考えられる。こうしたカーブや三次元的なねじれは、コンボウガキだけでなく、他のマガキ類にもしばしば見られる。
もし傾いたまま成長すると、成長の効率が悪いので(傾いたままだと、堆積物の堆積から逃れるのに、鉛直方向に成長するよりも、よりたくさん成長せねばならない)、コンボウガキは、鉛直方向に向かって成長軸を曲げて行きます。この結果殻が曲がります。さらに、複数回傾いたり、成長方向の補正中にまた傾いたりすると、より複雑に曲がり、ねじれて見えるようになったりもします。
曲がって成長するコンボウガキ
A:ほぼ垂直に育つ通常の生息状態。緑色破線は成長軸(成長する方向)を示す。
B:嵐などの波によって、殻が傾いてしまった状態。赤破線は鉛直方向を示す。
C:倒れた状態から鉛直状態に成長方向を補正した結果、曲がって成長したコンボウガキ。コンボウガキは移動能力がないので、傾いた姿勢を補正するには、成長方向を変えるしかない。図内の枠は、B図の時の殻の位置を示している。
このように状況に合わせて自由に殻の形を変えられることがカキ類の最大の特質であり、地球上で繁栄してきた最大の要因の一つでもあります。ただし、こうしたカキ類の形の自由さのおかげで、カキ類の分類(種類分け)に専門家は悩むことにもなっている訳です。三笠層のうち、時代的に白亜紀チューロニアンに相当する部分は、全体的に水深の浅い海底で堆積した三笠層の中でも、特に水深が浅い部分です。そうした中には潮間帯の干潟で堆積した地層も含まれ、コンボウガキや、リレー戦略を示すマガキ類の化石が発見されています。
ただし、この二つのタイプのカキの化石は同じ場所からは見つかりません。恐らく、同じ潮間帯域に生息はしていても、それぞれ最適な生息環境が微妙に異なっていたと考えられます。ただし化石の見つかる量で較べると、コンボウガキは少数派です。
コンボウガキは白亜紀に絶滅してしまい、その後、同様の性質を持ったカキは現れませんでした。やはりコンボウガキはかなり特殊な生物だったと思われます。
三笠層の砂岩中から発見されたマガキ類化石
撮影地:三笠市奔別(ぽんべつ) 三笠ぽんべつダム建設予定地
全体が見えていないのでわかりにくいが、写真中央に複数の個体が見られる(殻がキラキラして見える)。これらは長く伸びないタイプのマガキ類である。
現生のカキの殻はもろいが、化石の場合、化石化過程で殻全体が改めてカルシウム分で固められてしまうため、それほどもろくはない。ただし、やはり殻が層状に剥離しやすい傾向がある。そのため、岩からカキ化石を割り出しても、綺麗にカキの表面が見られることはあまりない(特に硬い岩石中に含まれている場合)。この標本でもやはり殻が剥離し、一部内型が見えている。
(北海道開発局幾春別川ダム建設事業所及び三笠ぽんべつダムJV工事事務所の協力にて撮影)
三笠層から潮間帯に生息するマガキ類の化石が見つかると言うことは、三笠層は非常に陸地に近い場所に堆積した地層だということの証明になります。当時、陸地には恐竜が栄えていたので、もしかするとマガキ類の化石が含まれているような地層から、将来、恐竜の化石が見つかるかもしれません。
なお、現在と白亜紀のマガキ類では、住んでいる環境が少し異なっていました。現在のマガキ類は潮間帯の泥底に生息しています。それに対して、白亜紀のマガキ類は、同じ潮間帯でも砂底に生息していました。理由はわかっていませんが、これは三笠層に限らず、世界的な現象です。マガキ類が泥底に進出したのは新生代になってからです。こうした現象は、あまり大した出来事ではないように感じられるかも知れませんが、今日、潮間帯の泥干潟に大量のマガキ類が独占的に生息していることを考えると、海洋の生態系にとって、マガキ類の泥底進出はとても大きな影響があったと考えられます。
三畳紀からジュラ紀に世界中で栄えたベッコウガキ科のカキです。日本では見つかっていませんが、世界中から化石が発見されています。殊に西ヨーロッパでは古くから知られた化石で、かつてイギリス・グローセスター州を中心に、その独特の形から、「悪魔の足指の爪(devil's toenails)」と人々に言われていました。
グリフェア・アークアタ
時代:中生代ジュラ紀前期
産地:イギリス
所蔵:三笠市立博物館 (収蔵番号MCM -A217)「生命の歴史と化石」コーナーに展示中
寄贈:北垣照之氏
本種アークアタはグリフェア属の中でも代表的な種の一つ。
イギリスにはジュラ紀の地層が広く分布しており、特にジュラ紀前期の地層からたくさんのグリフェアが見つかるため、イギリスではポピュラーな化石の一つです。また、風化した地層から完全体が自然に転がり出したものもしばしば見つかり、殻の表面までよく観察できるものも珍しくありません。
殻の特徴としては、なんといっても、巻貝のように巻いている大きな左殻と、フタのような右殻です。大きな左殻と、平たい右殻といった特徴の組み合わせは、グリフェアがカキであることの証拠の一つです。
時代:中生代ジュラ紀前期
産地:イギリス
所蔵:三笠市立博物館 (収蔵番号MCM -A217)「生命の歴史と化石」コーナーに展示中
寄贈:北垣照之氏
本種アークアタはグリフェア属の中でも代表的な種の一つ。
イギリスにはジュラ紀の地層が広く分布しており、特にジュラ紀前期の地層からたくさんのグリフェアが見つかるため、イギリスではポピュラーな化石の一つです。また、風化した地層から完全体が自然に転がり出したものもしばしば見つかり、殻の表面までよく観察できるものも珍しくありません。
殻の特徴としては、なんといっても、巻貝のように巻いている大きな左殻と、フタのような右殻です。大きな左殻と、平たい右殻といった特徴の組み合わせは、グリフェアがカキであることの証拠の一つです。
グリフェア・アークアタ
時代:中生代ジュラ紀前期
産地:イギリス
所蔵:筆者蔵
イギリスでは有名化石産地に行くと、土産物屋でよく販売されている。この標本もそのようにして購入したもの。細かいところまでよく観察できる標本が多く、保存の良さに驚かされる。イギリスは古生物学発祥の地であるが、その背景には、こうした保存の良い化石がしばしば見つかって来た、と言う歴史があったことが実感される。
20世紀の始め頃から1970年代にかけて、西ヨーロッパではグリフェアの殻形態に着目した研究が盛んに行われました。特に「定向進化」と言われる進化学説の好例として注目をされていました。
その説によると、グリフェアの左殻は時代とともに巻方がどんどんきつくなって行く変化傾向があるとされ、その変化は、グリフェアが暮らして行く上で便利な方向に変化(進化)しているのではなく、それとは無関係に「巻がどんどんきつくなる」と言う進化の「方向性」をグリフェア自身が持っている、とされていました。そして、最後にはあまりにも巻がきつくなりすぎ、左殻が右殻を覆うようになってしまい、ついには殻を開けなくなって絶滅した、とされていました。
ただし、現在では「定向進化」という考え方は否定されており、また、グリフェアの左殻の巻き方の変化も、必ずしも時代と共に巻がきつくなっている訳ではない、とされています。
グリフェアは、その独特な古生態でも注目されて来ました。それは、独特な殻形態を生かして、船のように泥の上に浮んで暮らしていた、とされている事です。
成長のごく初期には、左殻で貝殻片などの固いものに付着して成長しますが、すぐにそれから分離し、何にも固着せずに成長を始めます。カキ類は基本的に、何かに固着した状態で成長を続けるので、こうした点も、カキ類の中では特異な生態と言えます。
グリフェアの生息姿勢の復元イメージ図
海底の泥に殻の一部を沈めながら、まるで船が水面に浮くようにして生息していたと考えられている。ただし、どれくらい殻が泥に沈んでいたかは、不明であるため、この絵はイメージで描かれていることに留意。
A:泥に殻が「浮いている」様子を側面から見た断面図
B:泥に「浮いている」様子を斜め上から見た図
ただし、グリフェアの殻は、マガキ類のような軽量構造は持っておらず、比較的重い殻となっていたので、殻が沈んでしまうような柔らかい泥の上で暮らすのは適しておらず、相対的に固い泥の上で暮らしていたのではないかと言う説もあります。
次にグリフェアの古生態を示す化石の産状例を示します。
グリフェアの化石を多数含む地層
ハンマーの先端が乗っている明るい灰色をした地層の表面にたくさんのグリフェアが含まれている。この地層は大量に石灰分が含まれた泥岩からなっている(石灰質泥岩)。
地層の年代:中生代ジュラ紀前期
撮影地:イギリス ドーセット州 ライム・レジス
グリフェアの化石を多数含む地層
前の写真で示した明灰色の地層を上から見たもの。
地層の表面上に白色でU字型をして見えるのがグリフェアの断面。たくさんの個体が散らばっていることがわかる。
次にグリフェアの化石がどのように地層に埋もれているのか、詳しく見ます。これらを観察するとグリフェアが生きていた時の姿勢のまま地層に埋もれていることがわかります。
グリフェア化石(断面)の産状
前の写真に写っている地層面の一部の近影。写真は地層を真上から見ている。グリフェアの化石は全て水平断面である。どのような向きで水平断面が見えているのか理解を助けるために、写真枠外にて、完全体標本を用いて、各個体の向きを示した。また各個体のどの位置が水平断面となっているのかを合わせて示した(「断面位置」と表記されている)。
上の図で示したように、グリフェアは皆、左の殻を下にした姿勢で埋まっていることが、断面の観察からわかります。このことから、これらは生息姿勢を保ったまま化石になっていると判断できます。
また、近年の研究ではグリフェアは、その分布域内では、北の方の比較的冷涼な海の方が大型の個体が多く、南方は相対的に小型の個体が多いとされています。
今回は二つの変わったカキについてご紹介しました。カキは身近なありふれた二枚貝ではありますが、大変興味深い性質を持っていることがお分かりいただけたかと思います。
ぜひ当館にいらして、これら変わったカキたちの実物を見てください。
(カキの項終わり)
余 談:「二枚貝の殻は火にかけるとなぜ開く?」
アサリやハマグリを鍋に入れて熱すると、しばらくして「パカッ!パカッ!」と弾けるように次々と殻が開いて行く様子をご覧になったことがある人は多いことでしょう。それではなぜ勢いよく殻が開くのか?今回は、コンボウガキの記述でも少し触れましたが、二枚貝の殻が開く仕組みについて書きたいと思います。
殻が開いたアサリ
鍋で熱されて、アサリが死亡した事により殻が開いた。
二枚貝の2枚の殻は、「靭帯(じんたい)」と呼ばれる組織によって繋がっています。靭帯はタンパク質などの有機物とカルシウムなどを含んだ繊維からできています。通常黒っぽい色をしていますが、乾燥するとやや茶色を帯びることがあります。
アサリやホッキガイに見られる靭帯(黄色で囲った部分)
上:アサリ
下:ホッキガイ
靭帯は二枚貝自身によって作られ、殻の成長とともに靭帯も大きくなってゆきます。ただし、靭帯は、「生きた組織」ではありません。この場合の「生きた組織」とは、神経などが及んでいる組織ではない、という意味です。
二枚貝の殻の開閉は、この靭帯と、閉殻筋(筋肉;貝柱)という二つの組織の働きによって行われています。それぞれの役割として、靭帯は、絶えず殻を開こうとする力を生み出し、それに対して閉殻筋は殻を閉じようとする力を生み出しています。
そのため、閉殻筋が靭帯より大きな力を生み出せば殻は閉じますし、閉殻筋が力を緩めて靭帯の方が力に勝るようになると、殻は開きます。
二枚貝の殻が開く仕組み
二枚貝の断面を模式的に描いている。靭帯はイメージ的にバネ(スプリング)として描かれている。靭帯は殻が閉じている時は、引き伸ばされたバネのような状態になっており、元の状態に戻ろうと殻を引っ張る力を出している。
重要なことは、先ほど書いたように、靭帯は「生きた組織」ではない、と言うことです。そのため、二枚貝が死んでも、靭帯そのものは必ずしもすぐに機能を止めません。
生きた二枚貝を加熱すると殻が開くのは、二枚貝の死亡によって閉殻筋は弛緩してしまうのに対して、靭帯は「死亡」しないので、殻を開く力を出し続けるからです。
なお、生物の筋肉は「収縮」しかできません。つまり引く力しか出せません。押す力というのは出せないのです。そのため、もし二枚貝が筋肉の働きだけで殻を開閉しようとしたならば、異なる役割を持った複数の筋肉を組み合わせるシステムが必要です。しかし二枚貝の場合は、筋肉を二種類以上発達させるのではなくて、筋肉と靭帯の組み合わせ、という方式で開閉を行なっているのです。
閉殻筋(貝柱)が切断された事によって大きく開いたホタテガイ
殻の隙間からナイフを入れて閉殻筋を切断すると、靭帯の力によって自然に左右の殻が開く。ホタテガイの殻は大きく開く性質があるが、大きく開くと言うことはそれだけ靭帯の力が強いことを示している。靭帯の力が強ければ、閉殻筋の力も強くなければならない。そのため、ホタテガイの貝柱は大きなものとなる。
二枚貝が殻を閉じ続けるためには、絶えず閉殻筋が二つの殻を引っ張り続けなければならないということになります。この筋肉の力はかなりなもので、アサリを用いて実験したところによると、1.5kgの力で引っ張っても殻が開かなかったそうです。
そのように聞くと、ずいぶん閉殻筋が苦労をしているように思えます。ところが実際にはそうでもなくて、閉殻筋はほとんどエネルギーを消費することなく大きな力を出し続けられるそうです。極端に言うと、生きている限りいつまでも殻を閉じていられる、と言う位の持続性があります。
その理由をここでは、詳しく書きませんが、これは筋肉の「キャッチ運動」と呼ばれる効果が原因となっています。二枚貝の閉殻筋は一度収縮すると、この「キャッチ運動」により、まるで筋肉にロックをかけたかのように、筋肉を収縮したまま固定状態にできます。従って、二枚貝としては殻が開かないように頑張っている、と言う認識はないはずです。そのメカニズムはまだ完全には解明されていないそうですが、「キャッチ運動」は、今のところ二枚貝にしか知られておらず、生物の中でも特異なシステムと言えるようです。
閉殻筋(貝柱)を切断されたホッキガイ
ホタテガイ同様に、閉殻筋を切断するとホッキガイも大きく殻が開く。これもやはり靭帯の力の強さを示している。
靭帯の力の強さと閉殻筋の力の強さは比例しています。強力な靭帯に対抗して殻を閉じるためには、強力な閉殻筋が必要となるからです。またホッキガイやアサリなど、海底の砂の中を潜って移動する二枚貝にとって靭帯の力の強さは、移動能力の高さにつながります。これらの貝は移動の際に、殻を開けたり閉じたりしながら、砂をかき分けて進みますが、殻を開く力が大きければ、力強く砂を押しのけることができます。そしてホタテガイの場合は、水中を泳ぐのに役立っています。強力な靭帯と閉殻筋の組み合わせは、殻から勢いよく水を噴射するのに適しているからです。
白亜紀頃からホッキガイやアサリ・ハマグリなどに代表されるような、強力な靭帯と筋肉、そして水管を備えたマルスダレガイ目の二枚貝が急速に発展します。これらの組織・器官の組み合わせは、高い移動能力と深く海底に潜れる能力を保証します。こうした優れた能力を持つ二枚貝類が浅海の砂底に進出した結果、それまでそうした環境で栄えていたトリゴニアなど、他の二枚貝類を駆逐していったのではないか、という説があります。
鍋の中で、勢いよく開いてゆく二枚貝の殻にも、実はそんな生物史の一面を見ることができます。
(館長 加納 学)