三笠市立博物館

アンモナイト・イヤー企画 「今月のアンモナイト」2025年9月号

当館は2024年に、開館45周年を迎えました。そこで、46年目に当たるこの2025年を「アンモナイト・イヤー」と位置付け、アンモナイトいっぱいの年にしたいと考えています。その取り組みのひとつとして、毎月、収蔵庫からアンモナイトを選び出し、展示するロビー展示シリーズ今月のアンモナイトを開催しています。
 

2025年9月、第9回目の「今月のアンモナイト」は、「菊の節句にアンモナイトを見よう」です。


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旧暦9月9日は「重陽(ちょうよう)」と呼ばれ、中国や台湾、ベトナムなどでは祝日になっています。そして日本では、ちょうど菊が咲く時期(旧暦の9月9日は、新暦の10月上旬に相当)なので、この日を「菊の節句」と呼び、平安時代には、菊酒を飲む風習ができました。
 
さて「菊」といえば、日本ではアンモナイトを「菊石」と呼んでいました。この「菊石」という言葉は、日本人初の古生物学者である横山 又次郎(1860〜1942)が考案したもので、1895(明治28)年に横山が執筆した『化石学教科書』には、すでに「菊石」が用いられています(詳しくは「6月のアンモナイト」を参照)。
 
そもそも「アンモナイト」とは、古代エジプト神話に登場する神「アモン」に由来する言葉です。このアモン神は、ギリシャ神話に取り込まれると、羊の姿をした神だとされました。その羊が持つ、螺旋状の角の形にちなんで、「アモンの石」という意味の「アンモナイト」と呼ばれるようになったのです。しかし、明治時代の日本人にとって、アモン神は馴染みのない存在でした。そこで、より日本人にわかりやすい言葉として、横山は「菊石」という言葉を考案したのだと考えられます。

 

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しかし、そもそもなぜ横山は、アンモナイトと菊を結びつけたのでしょう? 横山は、その理由までは書き残しておらず、正確な理由は不明です。
 
広く知られている説は、「アンモナイトの縫合線に、菊の葉のように細かく切り込みが入っているから」というものです。アンモナイトの殻の中には、隔壁という仕切り板が何枚もあります。その隔壁が、殻と接する部分が、化石の表面で線状に見えるため、縫合線と言います。中生代のアンモナイトでは、縫合線が、複雑に折れ曲がっていて、菊の葉の縁取りのように見えたため、「菊石」と命名された、という説です。『新版 地学事典(地学団体研究会 編,株式会社平凡社 刊,1996年)』では、こちらの説を採っています。
 
 一方、「ゆる巻きで、細かい肋が並ぶアンモナイトが、菊の花に似ているため」という説も提唱されています。とは、アンモナイトの殻表面に、放射状に伸びる突出部のことです。特にジュラ紀のアンモナイトには、直線状の肋が密に並ぶ種類がいて、菊の花に見えなくもありません。『原色化石図鑑(益富壽之助・浜田隆士 著,株式会社保育社 刊,1963年)』や『アンモナイト学 絶滅生物の知・形・美(重田康成 著,東海大学出版会 刊,2001年)』などでは,こちらの説が解説されています.
 
しかしどちらも、すべてのアンモナイトに共通する特徴ではありません。
縫合線説の場合は、中生代のアンモナイトでは、切り込みのたくさん入った、複雑な形をしているため、確かに菊の葉のように見えなくもありません。しかし、古生代のアンモナイトの縫合線は、もっと単純な形をしていたり、いくつかの半円が並んだような形をしたしていたりと、あまり菊の葉には似ていません。
他方、殻の形説としても、アンモナイトの殻の形は様々で、異常巻きアンモナイトがたくさん出現した白亜紀の種類はもちろん、ジュラ紀のアンモナイトも、「ゆる巻きで、細かい肋が密に並ぶ」種類は限られます。

ちなみに、「菊の御紋」として知られる「十六葉八重表菊」は、現在では皇室の紋章として使われています。古くは鎌倉時代から、慣習的に「天皇の印」として使われてきた「菊の御紋」ですが、法律上、皇室の紋章となったのは、1869年9月30日の太政官布告によってです。それ以来、1889年公布の大日本帝国憲法の原本を納めた箱や、1871年に制定された日本円の硬貨や1872年から発行された切手など、様々な場所に刻印されるようになりました。横山が「菊石」という訳語を考案したのは、遅くとも1890年代前半であることから、この時期、「菊花紋章」が日本の新国家体制の象徴として扱われていたことと、関係があるのかもしれません。

しかしいずれにしても、なぜ、「アンモナイトは菊」と考えたのか、横山の真意を推しはかることは難しそうです
 

 


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さて、「アンモナイト」とは、ある1種類の動物のことではなく、たくさんの種類をまとめたグループの名前です。そのため、「アンモナイト」の中には、進化の系統ごとに分けられた小グループがたくさんあります。横山は、それら小グループにも、日本語訳を考案しました。その多くは「●●菊石」という表記になっています。しかし、わかりにくかったせいか、それら小グループの日本語訳は定着せず、現在では英語の発音をそのままカタカナで表記することが多くなっています。
しかし中国では、横山の考案した漢字表記の多くを使っている上、現在の分類体系に合わせて、新たに「●●菊石」を考案して活用しています。
 
余談ですが、上述の通り、古生代のアンモナイトは、比較的単純な形の縫合線を持っており、菊の葉にはあまり似てはいません。そして、横山が考案した日本語訳では、古生代のアンモナイトの一部では、「●●菊石」という表記を避けています。例えば、クリメニア類は「海神石類」、「ゴニアタイト類」は「棱角石類」といった訳語を考案しています。「菊石」が縫合線の形に基づく命名ならば、古生代のアンモナイトで「●●菊石」を避けているのは、意図的なものかもしれません。

しかし、「菊の葉のような複雑な縫合線を持たなければ、●●菊石と呼ばない」「●●菊石と和訳されたものはすべて、菊の葉のような複雑な縫合線を持つ」とも限らないようです。例えば、ペルム紀から三畳紀にかけて世界中で繁栄したアンモナイト類である「セラタイト類」は、縫合線は半円が並んだような形をしていますが、「菊面石類」と訳されています。逆に、北海道でも化石が多産する白亜紀のアンモナイトのグループの一つ、「デスモセラス類」は、典型的な“菊の葉のような”複雑な縫合線を持っていますが、「鎖角石類」と訳されています。
このような理由から、「菊石」の言葉の由来が、菊の葉かどうかは、現時点では断定できません。

なお、現代中国では、アンモナイト類は基本的には「●●菊石」で統一させているようで、クリメニア類が「海神石類」である以外は、ゴニアタイト類は「棱菊石類」、セラタイト類は「歯菊石類」としています。
 



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アンモナイトの化石は、しばしば1ヶ所から数十〜数百個がまとまって発見されることがあります。そのため、「アンモナイトの化石がたくさん見つかる」ことが、その土地の特徴として認識され、地名にまでなってしまうことがあります。
 
エゾミカサリュウ(学名:タニファサウルス・ミカサエンシス)が見つかった、三笠市内にある「菊面沢」は、現在では「きくめんざわ」と発音しますが、昭和の初期までは「きくめざわ」と呼んでおり、アンモナイトの化石がたくさん見つかったことに由来するようです。事実、この菊面沢では、2月のアンモナイトとして紹介したノワキテスなど、現在でもたくさんのアンモナイト化石が産出します。
 
富山・新潟県境にある「菊石山(標高:1209.8 m)」も、アンモナイトに由来する地名です。この山には、ジュラ紀の地層「来馬層群(くるまそうぐん)」が分布しています。1960年代、北アルプスを縦断する道路「栂海新道(つがみしんどう)」が作られた際、その地層を掘削したため、たくさんのアンモナイト化石が産出しました。それにちなんで命名されたものです。
 


「菊石」の名前の由来となった(?)縫合線が綺麗に見られるアンモナイトや、菊の花のようにも見えるジュラ紀のアンモナイト化石は、9月いっぱい三笠市立博物館ロビーにて展示しています。期間限定の展示ですので、この機会をお見逃しなく!

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